第三章 不穏な曇天

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「ま、どんな動機であっても、殺人は殺人。犯行を立証してホシを挙げればいいのよ」 「でも、今回の二つの事件が連続殺人だとしたら、ちゃんとつながりを立証しないと、片方の事件だけ言い逃れされる可能性だって――」 「そんなことさせないわ!」  夏帆は自信たっぷりにウインクで応える。確かに葛木の言うとおりだ。同一犯による連続殺人だとすれば、二つの事件をつなぐのは動機だ。片方の事件だけ立証できないなんて、そんなことは絶対赦されない。  ホテルに戻る。夏帆と、葛木と和泉はそれぞれ二部屋に分かれ、各々シャワーを浴びて、夕食が準備されたお食事処へと集合する。  一番乗りの葛木はぼーっと突っ立っていたが、視線の先は一番広い宴会場の襖だ。 「夏帆たん素敵な浴衣姿」「うるさい」  遅れて現れた和泉のセリフをシャットアウトし、夏帆は宴会場の襖を見やる。男性中心の酒気を帯びた笑い声。風流な温泉ホテルに不相応な、やけに騒がしい団体がいるようだ。 「さっきあの部屋から出てきた男、刺青があった」  葛木は小さな声で囁く。 「暴力団関係(マルB)か。昨日の二人も確か、そうだったわね」 「この事件、組関係ってこと?」と和泉。 「そんな感じはしないわ。マルBだったら、もっと巧妙にやるでしょ。どっちのヤマも、明らかに素人の犯行って感じだもん」  料理が運ばれてきて、推理はそこで一時中断。懐石料理に舌鼓を打つ。普段、なかなかゆっくり食事をする時間はなく、夏帆の食事はほぼところてんなのだった。懐石料理ももちろん美味しいが、しかしところてんこそ、この世で一番おいしい食べ物だと思う。コンビニでも手に入るし、美味しく手軽に食べられて、ところてんが好物でつくづくよかったと思う。さらに、ところてんは漢字で「心太(心が太い)」と書く。実に、夏帆のためにあるような食べ物だ。  残念ながら懐石料理のコースにところてんはなく、あとで近くのコンビニで買おうと内心考えていると、最後のデザートが運ばれてきた。運んできたのは、昨日、部屋に案内してくれた仲居さんだった。 「昨日はどうも」と夏帆はニッコリ笑う。仲居さんは伏し目がちに会釈で返す。 「ねえ、あっちの部屋の団体さん、結構盛り上がってるわね」 「はあ――そうですね」  応える声は消え入りそうな小ささだ。 「ちらっと見たけど、怖そうな人たちよねえ。正直、嫌なんじゃない? 結構、頻繁に来るの?」  何と答えていいか解らず固まる仲居さんの隣に、和泉がいつの間にか移動していた。 「大丈夫さ、僕がきみのことを守ると誓うよ」  余計困らせる一言。葛木が頭を抱えてため息をつく。夏帆はそっと警察手帳を示した。 「あたしたちは警視庁の刑事なの。県警の人間じゃないし、この町にコネのないよそ者よ。安心して話してくれない?」  仲居さんは少し逡巡し、それから小さく前進し、声をひそめて言った。 「本当は、この町は穏やかで平和なんです。でも、あの駐在さんが赴任して来てからなんです。ああいう人たちが、この町に我が物顔で入りびたるようになったのは――」
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