第三章 不穏な曇天

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 彼女曰く、駐在の児島は着任当初は真面目そうに見えたという。熱心に地域を回り、住民やこの町で働く人たちと積極的に対話をし、印象は悪くなかった。 「でもそれは、この町に取り入るための粗探しをしてたわけね?」  夏帆の問いに、彼女はこくりと頷き、話を続ける。そうして児島は町の隅々に入り込む余地を見つけていった。表立って利用されているのは老舗の旅館やホテルだ。最初は児島の紹介で、何人かの客が泊まりに来た。東京の商社マンを名乗り、きっちりした人物に見えた。ホテルや旅館としては、地元の警察官の紹介ならば安心だということで、喜んで泊めていた。しかし、少しずつ異変が起き出した。 「児島から、宿泊費を特別にちょっと安くしろとか、そういう要求が来たんじゃない?」 「それも多少はあったみたいですけど、それよりも、その商社マンが変な人を連れてくるようになったんです」 「なるほどね。で、いつの間にかその商社マンはすっかり来なくなって、変な連中だけが来るようになったわけね」  最初から明らかに怪しげな集団が利用しようとすれば、宿泊施設側は何がしか理由を付けて断ることができるし、場合によっては暴対法を根拠に警察を頼ることもできる。しかし、信用筋からの紹介で少しずつ入り込まれると厄介だ。もしかしたら、経営者側にも何か、弱みを握られて断ることができない状況があるのかもしれない。  女将や板前など、このホテルの上役や古参スタッフから情報を集めてくるよう、葛木に指示する。律儀にデザートのフルーツに手を付けずに聞いていた葛木は、指示を受けて少し名残惜しそうな表情をしたので、完全に諦めを付けさせるため、代わりに夏帆が素早く平らげた。パワハラ、と葛木が口パクで言ったが、無視。 「連中、何か悪いことはしないの?」 「別に迷惑をかけたりとかはないんですけど――やっぱり、刺青を入れた怖い人にウロウロされると、ホテルの評判にも関わりますし」 「それが目的かもね。宿泊施設側が困っているところを、児島が介入して解決したように見せかける自作自演で恩を売る。と言っても、仕掛け人は児島自身だってホテル側も解ってるから、奴に逆らえばまた同じことをされると思えば、あとは言いなりになるしかないもんね」 「詐欺、恐喝、暴対法違反、その他諸々。違法行為のデパートみたいな奴だね」  和泉は仲居さんをじっと見つめたまま、肩をすくめる。「でも証拠がない」 「この件、あたしたちがちゃんと懲らしめてやるから、安心して! 目の前の悪い奴は、絶対に赦さないって決めてるの」  夏帆の自信満々な口調に、仲居さんはようやく少し安堵の表情を浮かべた。 「ところで、その児島と田島記念病院は、何かつながってないのかい?」  和泉が尋ねる。仲居さんはちょっと思案ののち、「うちじゃない別のホテルのレストランで、先代の院長とたまに食事してるみたいですけど」と答えた。 「先代の院長って、名誉院長のことね?」 「はい」 「田島記念病院の評判ってどうなの?」 「評判って言うか――この辺には、あそこの病院しかないですから、みんなあそこへ行くんです。中野まで行けば他にも病院はありますし、難しい手術とかは大学病院まで行かなきゃいけませんけど」 「評判がいいとか悪いとか、そういう対象じゃないってことね」 「でも、いい病院だと思います。この前、殺された若院長先生もいい先生だったし、能川先生も若院長先生の息子さんもいい先生ですし。看護師さんも事務員さんも丁寧です。あ、でも最近、名誉院長先生がリストラをして、人が入れ替わって、ちょっと質が落ちたって言う人もいますけど――」
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