第四章 アリバイ写真

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「行ったことくらいあります。そもそも、私、小金井市の出身ですから」 「小金井なんだ? じゃあ、蒲田には行ったことある?」  彩音はその問いには答えず、「私をどうしても、事件と結び付けたいようですね」と言って立ち上がる。 「私は無関係です。この病院が事件に関係しているかどうかも、私には解りません。これ以上何を聞かれても――」 「だったら」  夏帆は立ち上がり、彩音の瞳を覗き込む。「どうして昨日、あんなことを言ったの?」 「あんなこと――?」  彩音の表情に動揺の色が走り、ピッチを両手で握る。と同時に、葛木も思案顔になる。あんたは気づきなさいよね、もうっ! 「昨日、あなたは、こう言ったの。《強盗殺人と関係があるんですか》ってね。あたしたち、強盗殺人の捜査で来たとは一言も言ってないけど?」  ピッチを握る手に力が入る。「そんなこと言ってません」と彩音は言うが、「いや、言ってましたよ」と葛木が援護の一言を放つ。聞いていて、しかも覚えてるんなら、違和感を覚えなさいっての。 「じゃあ、若院長先生の事件があったので、それと混同したんだと思います。若院長は強盗に殺されたんですから、だから、それと――」 「その説明は無理があると思うけど」  夏帆がさらに追い打ちをかけると、彩音は、今度は両手で顔を覆い、「それだけ、ショックだったんです!」と感極まったように言った。 「どうせ、調べれば変わることですからお話ししますけど、私、若院長先生のことが好きだったんです。奥様がいることも解ってましたし、立場上、お付き合いできるわけないと思ってました。でも、好きだったんです! その人が死んで、ショックで――」 「だから、混同した?」 「はい! だからこれ以上、私に付きまとわないでください! 私を傷つけないでください――」  何か、いちいち大げさでわざとらしいのよね。夏帆は腕を組む。彩音は、こちらが聞いたこと以上の内容の答えを返してくる。まるで、こちらに伝えるべきことが決まっているかのように思える。そしてそれは、刑事の目を大事な部分から逸らさせようとしているようにも。 「すいませんでした。そんな気持ちも察しずに――」と葛木が頭を下げる。選手交代。所謂、《怖い刑事と優しい刑事》という奴だ。葛木はそのあたりの意図を組んで、うまく適応してくれるから組みやすい相棒なのだった。 「田島孝輔さんって、そんなに魅力的な人だったんですね?」  葛木の問いに、彩音は涙を拭うような仕草をしながら、何度も首を縦に振る。 「はい。とても優秀な先生でした」  ――それだけ? 夏帆は思わず口を挟もうかと思ったが、ここはあえて堪える。心得た葛木が、さらに尋ねた。 「脳外科の先生でしたよね?」 「ええ」 「患者さんの評判もよかったんですか?」 「はい」 「それは人柄も、医師としての腕も、どちらの面もってことですか?」 「そうです」  予定外の質問だから、答えを用意していなかっただけか? いや、そうは見えない。好きだったというあの台詞すら、怪しく思えてくる。そもそも、嘘泣きっぽかったし。  夏帆はさらに様子を見るという選択をした。相手に話させることとは、できるだけ多くの手札を切らせることだ。相手の弱点はどこか、あるいは相手は何を一番守りたいと思っているのか。豊富な手札を減らさせることによって、攻め入る隙を作る。
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