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「すまん、待たせたか」
老舗の喫茶店。いつも通りにブレンドを注文して奥まった席へと足を運べば、先客が手に持っていた雑誌からついと視線を上げた。
「いえいえ、そんなそんな。先輩と違って自由業で? 暇ですし? 待たされたなんて思ってませんて。ちっとも。これっぽちも」
人の良い笑みを浮かべるのは、田島雄二。
大学からの付き合いで、四年前までは職場も同じだった。それが職場を止めて、今はフリーライターで生計を立てている。
「悪かった。代金は俺が持つ」
「そりゃ当然」
安っぽい厳かさを滲ませて田島が頷く。
「それより面白い話を聞かせて貰えると、待ったかいが有るってもんですが」
そう言ってテーブルに放り出すのは先程まで読んでいた雑誌だ。
「止まらない連続通り魔殺人事件。犯人の正体に迫る、か」
煽る見出しを読んで思うのは、正体に迫れるなら是非情報提供を、くらいのものか。
「また惨殺事件ですって。いつまで続くんですかねえ。警察は何をやっているのやら」
「耳が痛い話だな」
神妙に頷くと、田島は面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「こんな記事でも売上は伸びるものなのか?」
「世間様は興味津々ですよ。自分の危機じゃない。遠い何処かで起きた悲劇は好物でしょう。胡散臭い方が面白いんじゃないですかね」
田島のこういう物言いに反りが合わない同僚は多かった。俺たちが潔癖過ぎたのか、田島の配慮が足りないのか。
「ついでに言っときますと、今回こっちで持ってきた話はこのインチキ記事が元です」
田島が伺うようにこちらを見た。
「聞く気失せました?」
「いや、お前が持ってきた話なら聞く価値はあるだろう。ただ、記事の内容も見ずに判断を下した自分を恥じただけだ」
「相変わらずお硬いことで。正直に言えば、ゴミ記事ですよ。玉石混交って言いますけど。殆ど石です」
「玉が混じっているなら構わない」
「そりゃそうでしょうよ。選定するの俺なんですから」
不満げに田島が漏らした所でマスターがブレンドを二杯、サーブしてくれる。一杯は田島のものだろう。俺が来た時にもう一杯出してもらうよう頼んでおいたようだ。
「お待たせいたしました」
「ありがとう。マスター、すまないが」
「承知しております。混んでもおりませんし、奥に人は通しませんので」
「いつも助かる」
「ご贔屓いただいておりますので。それでは」
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