肉切

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 マスターの足音が離れていくのを聞いてから、田島に切り出す。 「さっそくだが--」 「はいはい。そんじゃ、これなんですがね」  田島が、席の横に置いていた鞄から数冊の雑誌を取り出す。  最初に読んでいた雑誌と合わせて語られているのは今回の殺人犯の嗜好について。田島が書き込んだのだろう。その部分に色付けと書き込みがされている。  惨殺事件の被害者は既に九人--いや、今日で十人になった。ここに来る前に現場に寄ってきたばかりだ。全ての現場に足を運んだが、どの現場も悲惨さで溢れている。 「大抵の記事で描かれる犯人像は快楽殺人者ですね。惨殺事件って要素が見られる点が一つ。狙われているのがふくよかな女性である点が一つ。要するに、女の肉を切りたい異常者って話です」  遺体の状態こそが惨殺事件と呼ばれる由縁だ。世間ではより詳しい話は出回っていないが犯人の特徴であることに間違いはない。  だが、女の肉を切りたい、というのはおかしい。 「待て。被害者には男性も居る。細身の女性も居たはずだ。なぜそんな話になる」 「言ったじゃないですか、殆ど石ですって。先輩が気にするべきなのは記事の整合性じゃないですよ。記者が知り得た情報を使って何を書いたか、です」  記事のメモ書きに書かれた文字を、田島が考えを促すように指で叩く。 「で、そんな中で少ないですが別のこと言ってる記事があるんですよ」  田島が別の雑誌を開いてみせた。赤線が惹かれた所に書いてある文字をなぞる。 「既に最初の殺人を行った犯人は死んでいる?」 「以降の殺人は模倣犯によるものって話です。男性だったり、細身だったり、傾向から外れているのは二人でしたっけ?」 「五人目と八人目。それと--十人目だ」 「そいつは……だから遅れたんすね。教えて良かったのか、とか言わないですよ」  こちらの先回りをして、田島は話を続ける。 「標的が変わった所から湧いて出た模倣犯説ってやつです。記事を鵜呑みにして模倣犯説を押す気はないですが、例外とも見れる殺害なら理由は考えるべきだ」  コーヒーを一口。喉を湿らせて田島がぽつりと問いを投げる。 「先輩は一連の事件の犯人は同一犯だと思いますか?」 「模倣犯の可能性も考慮には入れている」 「入れているが本筋ではない。そうですか。先輩がそう言うなら理由があるんでしょうね」 「……そうだな。複数犯の可能性は捨てきれないが、模倣犯ではない。そう考えている」 「そっか。外したかな」 「外した?」 「同一犯の犯行である可能性を捨てきれない理由があるんでしょう? だったら、まあ、外したんでしょ、俺が」  田島がカップに手をかけて、だけどそのまま手を下ろした。 「模倣犯、複数犯でもいいですが。それと犯人が死んでるって話。この二つが今回拾った玉です。他はもう酷いもんばっかで。呪いだ怨念だとオカルト地味た記事だったり、終いには切り裂きジャックをベースにした妄想爆発記事とか。読み物としては面白かったですけどね」  犯人が死んでいて、別の犯人が犯行を引き継いでいる。あり得るだろうか。 「模倣犯による犯行が継続してしまうから事件としては一向に収束しない。死亡した犯人は犯行を続けられない訳だから、通して犯行を追っていくと足取りが掴めなくなる」 「犯人の死亡については、意識の外にあった話ではある」  顎に手を当てて深く考えようとすると、田島が苦笑した。 「無理筋な話だってのはある程度前提ですよ。そこらの雑誌と同じだ。それでも、先輩が俺の所に来たんだから、こういう話が聞きたい訳でしょ」  声をかけた理由を田島はちゃんと理解している。行き詰まった時に田島と話すことは昔からよくあった。 「そうだな。参考にしてみる」  提言を受け入れ頷きを返す。 「で、お前は何か聞きたいことはあるか」 「いいですよ。貴重な速報を頂いたんで」 「言っておくが--」 「わかってますよ。知っているってのは、大っぴらに出来なくても武器なんで。迷惑かけない範囲で有効に使わせてもらいますよ」 「そうか。じゃあ、俺は戻る」  言って、まだマスターが淹れてくれたブレンドが殆ど手付かずだったことに気づく。  一気に煽って席を立つと、田島が半目で見上げてきた。 「マスターがせっかく淹れてくれたのに、そんな雑に」 「なら、お前はゆっくり味わって帰れ。会計は済ませておく」
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