肉切

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 暗い夜道。人気の少ない住宅街の一画。  明滅する街灯に照らされた粉雪は、ストップモーションで撮影されたようにコマ送りに路上へ降りてくる。  酷く冷たい夜の中を一人で行く。  今日も雪が降っていた。  薄っすらとした積雪に残された足あとを辿っていく。  いや、辿る、というのは正確ではい。  残された足あとにぴったりと足を合わせ、同じ歩みを作る。  そこに執念はない。  同じ足跡を辿るのは当然のことだ。どうやって品を探し、選定するかは知っている。だから行き着く先は同じだ。  真新しい丈の長いモッズコートは前をかき抱くようにして閉じている。中には大事なモノ、その代替品を抱えて雪道を行く。  ファー付きのフードを目深に被り俯いた表情は、覗き込まなければ知られることはない。  白い息を吐きながら、僅かに視線だけを上げる。  足あとが人目を避けた路地へ導くように曲がっていた。 「この先だ」  低く小さく呟く。目的がある。  歩みが僅かに早まった。  抑えられない衝動を必死に理性で押し留めながら、滑らかに路地へと体を持っていく。  明かりが届かない路地。  その先に求めていたものがあった。  追いついた。  歓喜が浮かぶ。だがすぐにそれは怒りで塗り替わる。 「偽物が」  一つの人影が目の前にある。背を向けている。小汚いモッズコートを着て、フードを被った人影。  閉じていたコートを開いて、抱いていた安っぽい包丁をそっと振り上げる。  仕留められる、という確信を得た。 「返せ」  ぼそりと、目的を告げる。  肉を切るなら、アレじゃないと駄目だ。  だというのに、なぜこんなものを使わなければいけないのか。  我慢だ。今この瞬間だけはこの代替品で我慢しよう。  この肉だって希望の品じゃない。これは必要な妥協。  本番はこの先だ。  良質な肉はこいつが行く先にある。知っているとも。  俺が目をつけたんだ。偽物なんかに渡してなるものか。  アレを取り返した後に、アレで良質な肉を切る。  ああ、想像しただけで高ぶってしまう。  もう我慢が出来ない。  --早く、はやく、はやくはやくはやく。 「肉を切りたい」  細い路地の中で、鈍色の光を僅かに放つ得物を振り下ろす。
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