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「お母さん~?」
すぐに報告しようと母に声をかけれど応答はなし、遠くでは消防車やら救急車のサイレンが聞こえてきて心細くなった。
慌てて着替えてリビングを覗いても、やはり誰もいない。
父の帰りが遅いのはいつものこと、玄関に鍵がかかっていることから母も自分でどこかに出掛けたに違いない。
物音一つにさえ怯える私は玄関の鍵を回すガチャガチャとした音に飛び跳ねそうになった。
「寒かったわあ」
玄関が開き、ひょこりと顔を出したのは鼻の頭が真っ赤になった母。
この寒空に上着なしで出掛けていたようだ。
「驚かさないでよ、もうっ!!」
「いやあ、嫌なもん見ちゃった」
「は?」
「三丁目のクリーニング店の交差点あるでしょ」
ここから4つ目の角のところか。
「事故があったのよ、ついさっき。トラックが、人を撥ねちゃってね。もう血がドバーッっと、こう道路一面にね。まだ若い男の子みたいなんだけど、急に飛び出して来たんだって。……気の毒だけど、ダメかもね、あんなに血が流れてたんじゃ……。あ、ごめん、お母さん吐きそう」
私に説明して状況を事細かに思い出したのだろう母はトイレに駆け込んでいく。
つまりは騒がしいサイレンの音が近くなのを知り母は野次馬に向かったのだ。
おかげで私が覗かれたという話をする暇もなく、その夜降った雨は足跡も三丁目の惨状も洗い流したのだった。
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