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第十話
夕飯は環君が私の手料理を食べたいというので、環君の家で作ることになった。リクエストはオムライス。
桜町駅に隣接しているスーパーで、卵、ピーマン、鶏肉、玉ねぎを買って、家へと向かった。
いつの間にか、私たちは恋人繋ぎで歩いていた。
「なんだか、夢みたいだな」
環君がはにかみながら言った。
「恋人同士みたいだ」
「…ほんとだね」
スーパーのレジ袋を提げて、2人で道を歩く姿は、側から見れば恋人に見えるだろうか。10分ほどかかる道のりが、とても短く感じた。
でも、これは環君の言っている通り"夢"にしか過ぎない。ずっと、続く現実ではないのだ。
「あれ?」
環君のアパートが見えてきたころ、よく目を凝らしてみると環君の部屋の目の前に、女性らしき人影が立っているのが見えた。
「どうしました?」と問われたので、「女性が環君の部屋の前にいるみたい」と返すと、環君の足が止まった。
「もしかして」環君が震える声で言った。怒りを押し殺しているようで、不思議に思うと、握っていた手を解いて、アパートの方へ小走りで行ってしまった。
私も慌てて追いかけると、徐々にぼんやりとした人物像がアパートのライトに照らされ、くっきりと映し出された。それは、夕妃ちゃんだったのだ。
階段を駆け上がる環君の足音は聞いたことがないくらい荒々しかった。
夕妃ちゃんはくるりと振り向くと、顔を綻ばせ「環!」と言った。遠慮がちに環君に続き階段を上がると、その音に気づいたのか、夕妃ちゃんがこちらを見て、あからさまに顔を歪めた。
その表情を見て、さっきの環くんの電話の場面がフラッシュバックした。あの相手はきっと、夕妃ちゃんだ。
「夕妃、今日無理だって言ったよな?」
「うん…だけど、どうしても今日中に環にノート返したくて。日曜も月曜も会えないから」
「そんなの、火曜で良かったって言っただろ」
「でも、はい。これ渡したら帰るから。タイミング悪かった、かな?」
ちらり、とこちらを見る夕妃ちゃんの目に固まる。そんなことを思っていないのは一目瞭然だ。私が何も言えずにいると、「そう思うなら帰れよ」と環君が冷たく言い放った。
「じゃあ、環、綾子さん。お邪魔してごめんなさい」
「ううん…また」
無言で鍵を開け部屋に入ろうとした環君に続こうとすると、「綾子さん!」と呼び止められた。
「また、Mercuryでお待ちしてますね!」
その言葉に、ぎこちなく会釈をして顔を上げると、無表情の夕妃ちゃんが、唇だけを動かした。
"ど ろ ぼ う"…泥棒、確かに彼女はそう言った。そしてそのまま、くるりと踵を返してアパートの階段を降りていった。
その衝撃でしばらく動けずにいると、「綾子さん?」と呼ぶ声が聞こえたので、「ごめんね」と玄関へと上がらせてもらった。
あの機械のような表情とは裏腹に、全てを焼き尽くしそうな嫉妬の感情。脳内の夕妃ちゃんの姿に、しばらく私は支配されていた。
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