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第十一話
環君は、最近流行のとろとろとした卵のオムライスではなく、昔ながらの、薄焼き卵に包まれたオムライスが好きらしい。
洋食はMercuryで食べ慣れているだろうから、私では役不足ではないかと心配になったけれど、「何食べたい?」と聞いた時に、屈託のない笑顔で「オムライスが食べたいです!」と言われ、その言葉は言えなかった。
久々に作ったオムライスはなかなか上出来だった。
「美味しい」と環君は顔を綻ばせ、それに釣られて私も笑顔になった。
食べ終えて、自分がやるといった環君をいなし、私はシンクで食器を洗っていた。
夕妃ちゃんの言葉が、頭から離れない。声に出していないのに、確かに私の中では『泥棒』と再生されたのだ。環君を好きなことは前から勘付いてはいた、だけどあの滲み出る狂気は、尋常ではなかった。
「綾子さん」
突然背後に感じた体温に、私は驚いてコップを落としてしまった。割れてはいなかったが、大きな音に驚いた環君が「大丈夫ですか!?」と言った。
「大丈夫、コップは割れてないから」
「コップなんてどうでもいいです!怪我してませんか?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
振り返るとほっとした顔をしていた。そして、引き寄せ合うように、唇を重ねた。
ベッドにそのままなだれ込んで、貪るように口付けを交わした。すると、環君が「ごめんなさい」と言った。何への謝罪かわからなくて、少し戸惑うと私から体を離して、横に寝そべった。
「俺、綾子さんの前だと本当余裕無くて、格好悪いですよね」
自嘲して私の手をとり、ズボンの上へと当てた。そこはもうはち切れそうに主張をしていて、心臓が脈打つ。余裕がないのは、私も同じだ。
「そんなことない、環君は格好良い、格好良いよ」
安心させるように口付けた。すると、環君が「実は」と口籠った。
「実は、俺…童貞だったんです。だから、この前綾子さんとしたのが、初めて」
「そうだったんだ…全然わからなかったよ…」
「言わないつもりだったんですけど…格好つけるのが、限界で」
私、環君の初めてを貰ったんだ。嬉しさと申し訳なさが混じった感情が胸に広がった。でも嬉しさの方がずっと強い。
「ゴムも、男友達からもらったやつ、だったんです。だから、あの時、本当に必死で」
恥ずかしそうに顔を隠す環君がいじらしくて、愛おしさで顔が緩んだ。そして、綺麗な手をどけて、キスをした。
「私は、どんな環君も大好きだよ。だから一度も格好悪いと思ったことなんてない」
少し驚いた顔して、その後安心した表情になった。そして、「…綾子さんはずるいなあ。俺ばっかり、どんどん好きになってく」と言った。
きっと環君が言ったずるい、は違う意味なのだろうけれど。私は、本当にずるい女だ。
「続き、していいですか?」
「…うん」
ずるい、ずるい、ずるい。わかっているけれど、せめてこの快楽と幸せに溺れてる間は、全て忘れたい。そう思いながら、身を委ねた。
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