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第十二話
好きな人とセックスをして、時間を気にせず2人でいることが出来る。世間的に許されないこの関係において、それが出来る機会はきっと今日だけか、あってもあと数回。
すぐに消えてしまうこの幸せは、シャボン玉より儚い。
そんなことを考えていると、「綾子さん?」と環君が呼んでいた。不安げな表情に驚いて、「どうしたの?」と返すと、安堵したように息を吐いた。
「何回か呼んだんですけど、返事がなかったから具合が悪いのかと心配で」
「大丈夫だよ、私は…元気」
見ての通り、という言葉を飲み込んだ。環君は見えないからこそ不安になったんだ。数秒間をおいて、「あの」と口を開いた。
「夕妃のこと、本当にごめんなさい。今日は会えないっていったんですけど、押しかけて来ちゃって。あぁいうちょっと勝手なところがあるんですよね。もし綾子さんが嫌なら、俺もうあんまり夕妃とは関わらないようにします」
そうして欲しい、と言えるはずがなかった。環君にとって、すぐ消えてしまう自分の存在より、夕妃ちゃんの存在の方がずっと大事だとわかっていたからだった。絞り出した言葉は、「大丈夫だよ」だった。
「やっぱり綾子さんは、大人ですね。俺は、綾子さんにそんな人がいたら耐えられないな…」
私を抱き締めている環君の腕に少し力が入り、声には嫉妬が滲んでいた。
とても嬉しかったけれど、それに上手く応えらる言葉を探せなかった。
「ねえ綾子さん、また…会ってくれますか」
会いたいと思った。だけれど、現実はそうもいかないかもしれない。
それでも、頷く私はやはりずるいのだろう。
うっすらと空が明るくなり始めていた。現実が訪れるまでのあと僅かな時間、私たちが離れることはなかった。
梅雨が終わり、季節は夏になっていた。
環君とはあれからも何度か会っていた。とはいえ、デートはあの日したきり。璃子を幼稚園に送り、帰ってくるまでの時間、会える時は会い、私達は身体を重ねた。言葉にすると、少し寂しい関係のような気がするが、それとは裏腹に、日に日に二人の間の壁はなくなり、熱は高まっていった。
「綾子さん、今日も綺麗」
環君はぐっと顔寄せて、私の顔のパーツを一つ一つ確認するようにゆっくりと覗き込んだ。そして一つ一つ唇を落としてゆく。
彼の愛撫はとにかく丁寧だった。ざらりとした舌が肌をなぞる度に、体が震えた。今まで私が人生でしてきたセックスは、何回もすると慣れてきてしまうようなそんなセックスだった。だが、環君との行為は違った。回数を重ねる度に馴染むような感覚だった。
「気持ち良い?」
「気持ち良いよ、いっちゃいそう」
「いっていいよ」
私の中でばらばらに動いていた指が、一点を擦った。それを続けられ、体を弓なりに曲げて私は達してしまった。
「挿れていい?」
「いいよ、その前に口でしてあげる」
「今日はいいよ、口でされたら出ちゃいそう」
恥ずかしそうに手で顔を隠す環君は男性というより少年のようだった。
私は避妊具の箱をとって、連なっているそれを一つ切り取ると破らないように丁寧にだして、そうっと彼のペニスにつけた。それも彼とっては気持ちが良いのか、ふーふーと荒い息を押し殺すように眉を寄せていた。さっきは少年ようだと思ったけれど、やはり男の人だ。色気に当てられてしまいそうだった。
彼は手で触って避妊具を着け終わったことを確認すると、ありがとう言って、ゆっくりと彼自身を入り口にあてがい腰を押し進めた。
静かな部屋に私達の荒い息遣いと結合部の音、そして私の喘ぎ声が響いて、耳まで犯されているようだった。
環君はあれから結局、私達の関係を確かめることをしなかった。私もそれに甘えていた。
あと数回、と自分の中で決めていた関係のはずが、季節を跨ぐように続いてしまった。
カーテンの隙間から溢れる八月の日差しが眩しすぎて、逃げるように目を覆った。
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