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第十三話
夏が終わる頃には、私の日常に環くんという存在があることが当たり前になっていた。九月に入っても私たちが会う頻度は変わらず、その日も環君の家に行って、璃子の迎えの前に帰った。
「ママ、最近のお化粧とっても可愛いね」
スーパーで買い物をしている時、そういって璃子は嬉しそうに笑った。
「そうかな?いつもと変わらないよ?」
本当にそのつもりだった。「ううん」と璃子は言った。
「璃子わかるよ。最近ママすごく可愛くしている日があるの。だから、その日のママを見るのがとっても楽しみなの」
無邪気な言葉に、心が殴られたような衝撃を覚えた。見透かされているのだ。綺麗なわけがない、この化粧は璃子や孝幸、家族を裏切った証なのに。
「ごめんね」
震えて、上手く言えなかった。けれど璃子には届いたようで、「どうしたの?」と不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。
それからは、璃子を寝かしつけるまで、ぼうっと過ごしていたように思う。リビングでスマートフォンを見て、意味もなく環君とのやり取りのスクロールをした。
さ璃子の言葉は、別れを決断させるのには十分だった。結衣に言われた、"けじめ"を付けるのは、きっと今だ。
『今度、大切な話があります』
そう打ったのに、なかなか送信ボタンが押せなかった。迷っていると、トーク画面の上に、メッセージが一件とあった。開くと、孝幸からで『今週帰ったときに、話したいことがあります』とあった。
それに気を取られ、環くんへのメッセージはそのままに、私はスマートフォンを閉じた。
週末帰ってきた孝幸は心無しか元気がなそうに見えた。大切な話、というのは璃子の前でする話ではないのだろう。いつも通り家族の時間を過ごし、夜を迎える。
璃子を寝かしつけた孝幸は会社の鞄の中から徐に茶封筒を取り出した。
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