一角獣とコーヒー

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 街から遠く離れた都心の大学で、動物生態学の小さな研究室の助教として勤めていた弓永に、(くだん)の一角獣の調査を依頼したのは街の議会だった。  世界的に脚光を浴びてしまった以上、一角獣の捕獲を(たくら)む者が現れないとも限らない。  一度は絶滅したことになっている一角獣を法的に守るため、再び絶滅危惧種の扱いに戻すべきと議会は結論付けた。  しかしその申請をしようにも、そもそも目撃されたのが本当にあの幻の一角獣なのか定かではなかった。  なにしろ近くまで人を寄せ付けないし、写真や映像に残そうとすれば瞬く間に消え失せるのだ。  最初のうちは国内外からメディアや学者、野次馬がつぎつぎと詰めかけたが、余所者(よそもの)の前に一角獣は姿を見せなかった。  この辺境の街に長く住み込んで土地の匂いを身体に染み込ませた人間だけが、邂逅(かいこう)を遂げた。  そういうことならば、街にゆかりのない自分が行ったところで無駄足だろう。弓永はすぐに断った。 「いえ、一定の期間だけこちらに来ていただくというのではなく、常駐をお願いしたいのです。地元の公立大学にポストも用意しました」  無名の自分に白羽の矢が立った理由を、弓永は理解した。  家族もなく出身大学の片隅でいまだ(くす)ぶっている自分にとっては、またとないチャンスというわけだ――。  そうして弓永は四十歳手前の男ひとり、身の周りの荷物だけを伴ってこの街へとやってきた。  いまどき珍しい、外に対して開けていない、余所者を招き入れようという気もない排他的な街だ。  東京で長く生活してきた弓永の目には、その風景が新鮮に映った。
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