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弓永がここで一角獣を追いはじめてからもう三年になる。
始まりは、弓永の与り知らぬところだった。裏手の山麓から、存在するはずのない動物が降りてきて、街はどよめいた。
その獣は清廉な白さを湛え、筋骨隆々の肉体をもっていた。
長く鋭い角を一本そびえ立たせた裾には、混じり気のない暗くて深い色の瞳。流線形の全身は豊かな毛で覆われていた。
警戒心が強く、人間に決してその身を触れさせることはない。距離を縮めると、風がその場に像を残さないのと同様にたちまち姿を暗ませる。
あとには、ふたつに割れた蹄の足跡が崩れかけたものが、大地に幾つか残されているばかりだ。
他人に伝えるため既存の動物に喩えるなら、もっとも近いのは紛れもなく馬だろう。
しかし、それを目にした人間はみな、あれは馬ではないと口を揃えた。
一角獣――。若い世代にあっては架空の動物だと誤解されがちではあるが、前世紀まで地球上に実在した生物種だ。
猛々しくて誇り高く、人里遠い僻地にしか居付かないことから、謎に包まれたまま種を絶やした。
その絶滅したはずの獣が、過疎地ではあるものの限界集落とまではいかない街のすぐ目と鼻の先で、あるとき魔法のように復活を遂げた。
全国ニュースでその初報が流れたとき、弓永を含めた周りの教授、講師陣の反応は並々ならぬものだった。
関係界隈どころか国中、いや世界中が注目するなかで、さらに驚くべき仮説が真実味を帯びはじめる。
突如として出現した一角獣は、どうも一頭ではないようなのだ。
当初、同時期に別々の地点で観測された一角獣は、同一個体なのではないかと噂されていた。
まさか、と同時に人々は囁いた。いかに挙動が素早いといっても、同時に目撃された地点は街の端と端だった。
間には住宅や商店が軒を連ねていて、直線的に突っ走ればよいというのでもなかった。
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