一角獣とコーヒー

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 あまりに寡黙で、必要以上に、いや必要なことすら言葉にしてこない未嶋だったが、弓永の予想に反して要領は良かった。  本来は弓永が処理するべき書類でさえ、未嶋の手によってうまく体裁を整えられ、後は印を押すだけの状態になって弓永にまわってくる。  ただでさえ小規模な研究室であるということもあり、運営は彼女に任せておけば十二分だった。  それでいよいよ弓永は一角獣を求め、当てどもないフィールドワークに繰り出すことになった。  論文を読んだり過去の文献に当たったりするほかは大学の外に出て、一角獣が目撃されたという公園や川べりを片っ端から探索した。  絶滅したのは前世紀とはいえ、近代ではほとんど稀有な存在であった一角獣のことだ。  文献の大半は前世紀どころか中世のもので、伝説と地続きなものも多く、不確かな記述にあふれている。結局のところ、自分の足で手がかりを探すよりほかなかったのだ。  屋外での孤独な調査活動と、口数少ない秘書が守る研究室との往復。意外なところで弓永の息抜きとなったのは、新聞記者の訪問だった。 「中央新聞の五十嵐(いがらし)といいます。先生、一角獣はどんな感じですかね?」  初めて訪ねてきたとき、その新人記者が身を包んだ真新しいワイシャツと紺色のネクタイのコントラストは、このくすんだ田舎街におそろしく不釣り合いだった。 「どんな感じですかね」などと聞かれても、弓永にもよくわかっていないのだ。答えようがない。  けれども、だれかと会話をする習慣が早くも失われつつあった弓永にとって、コミュニケーションを図ってくる他人の存在は貴重だ。  加えて、彼の漂わせる都会の匂いが懐かしくもあった。 「あぁ、こんな辺鄙(へんぴ)な研究室をよく聞きつけて来たね。調査はまだこれからだから、今日のところはなにもないのだけど」
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