一角獣とコーヒー

7/16
前へ
/16ページ
次へ
 そもそもは記者の五十嵐が、この街に出現した一角獣への興味をそそる、煽り記事を書いたことがきっかけだった。  地方面のみの掲載であったし、紙面でのニュースとしての扱いはそれほど大きくなかった。  しかし、インターネット版に転載されたことで、一部の動物愛護団体やら宗教団体やらが過激な声明を打ち出してくる事態に発展した。  一角獣を追っているのは事実だが、捕らえるなどとんでもないことだ。  神だとか人間だとかその手の階層論は知らないが、希少種でなくとも、野生鳥獣を無闇に駆除することは法律で禁じられている。  そもそも一角獣というものは獰猛(どうもう)な性質であり、生け捕りにしたところで飼い()らすことはできず、激しい逆上の果てにみずから命を断ったという記録さえあるのだ。  そういえば、そのような文献の記述について、世間話の延長で五十嵐に教えてやったことがあった。 『人間の手には収まらない幻の野生動物を、私たちはどのように手なずけていくのか。対応が問われる』  問題の記事中に、そんなくだりがあったことを弓永は思い出す。  その書きぶりが、世間をいたずらに煽り立てているように感じられてならなかった。  この記者だって、仕事をこなしているだけなのだから――。  そう自分に言い聞かせつつ弓永は、苦情にならない程度にやんわりと(いさ)めようと試みた。しかし、五十嵐は悪びれるどころか鼻を高くした。 「ようやく一角獣に対して、世間の関心が出てきたってことですよ。否定的な反応が目立つ裏には、これからの世の中に必要不可欠な問題意識の高まりが隠れているんですから」  一角獣の前途とは次元が交わることのない安全地帯から、ものを言っているも同然の五十嵐に対し、弓永の内奥に淡い怒りが湧き起こった。  そうしてふと弓永は気付く。自分だって少し前までは部外者だったはずなのに、いまでは、姿を見たこともない研究対象である一角獣に肩入れしていると。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加