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ショートヘアかつクールビューティーな彼女のことを某国民的SFアニメの主要キャラになぞらえてアヤナミと呼んでみたり、アヤナミと一緒にライブハウスに足を運んでいる姿を妄想してみたりと、そんな痛々しい日々が二ヶ月ほど続いた頃だろうか。校内、あるいは放課後のCDショップにて彼女を見かける頻度が目に見えて減り始めたことを、僕はなんだか不穏に感じ始めていた。
もっとも、この期におよんでも僕がアヤナミと接触を試みようと奮起するようなことはなかった。対異性コミュニケーション能力が著しく欠如した文化系が勇気を振り絞り、仮に話しかけることに成功したところで、せいぜい街のアブナイ奴認定されてしまうのが関の山である。
「ありがとうございましたー」
六限終わりに立ち寄ったCDショップにアヤナミの姿を見つけ出すことは、今日も適わなかった。これで五日連続だ。
購入したばかりの中古CDを小脇に、僕は幾分気落ちしながら店を出ると、店舗裏手に続く長い坂道を愛車の婦人用自転車でもって一気に駆け上がった。
排ガスと喧騒に塗れた晩秋の街は、いつの間にか黄金色に染まっていた。
片耳に装着したカナル型イヤフォンからは、流行りのロックバンドが流れている。癖の強い男性ヴォーカルが、中華製安物MP3プレーヤー・クオリティのくぐもった声で「銀河鉄道」なる曲を歌っている。
詩的な歌詞を空っぽの脳内で反芻しつつ、僕はいまだかつて見たことのない銀河鉄道と、そして銀河鉄道に乗り、時速二百キロメートルで惑星ニビルへと飛び立ってしまうアヤナミの姿を想像した。
「……ただいま」
帰宅すると、リビング一帯にクリームシチューのかぐわしい香りが漂っていた。キッチンではパート帰りの母親が、ローカル局のFMラジオをBGMに夕飯の支度をしているところだった。
「おかえり。今日もまた寄り道してきたの?」
「まあ、ちょっとね」
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