アルエ

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***  計三組のバンドが出演したミニイベントは盛況のうちに幕を閉じた。 「カッコよかったな!」 「ああ、最高だった」  疾走感溢れるロックナンバーを立て続けに演奏した技巧派ガールズバンドの周囲にはイベント終了後、ちょっとした人だかりができていた。 「今から先輩にあいさつしてくっから、オメーもついてこいよ。打ち上げ参加してーべ?」  地元アマチュアバンドの物販Tシャツを召したソース顔の言葉に、僕はこくりと頷く。  いよいよである。  言い知れぬ緊張の中、僕はなし得る限りのイマジネーションを総動員。麗しき女子大生とのひと夏のロックンロール・アバンチュールを脳内キャンバスに思い描きながら、不退転の決意で友の背中に続いた。 「……あ」  そのときのことだ。  少女たちの取り巻きの中によく見知った顔を発見した僕は、思わず足を止めた。 「アヤナミ……」  だった。  ファッション誌でしか見たことのないようなザ・パンクファッションに身を包んだアヤナミが、メンバーの一人と――吉田の先輩と親しげに話していたのだ。  心臓が途端にヘヴィメタルを熱演し、荒々しく暴れ始める。  このとき、アヤナミと再会した喜び、戸惑い、どちらの感情も等しいパーセンテージで芽生えていたのだが、それよりも何よりも彼女が楽しげに両手を叩き、コスモスのような笑みを浮かべ、特定の人物とサシで会話を弾ませているという光景に僕は、言わばキャパシティオーバーの衝撃を受けていた。  いつだって一人で、クールで、ミステリアスで、どこか寂しげな印象を醸していた彼女。  アヤナミという人間について僕は、つくづく何も知らない。 「おい、どうした? 早くいこうぜ」  と、ここで不意に、脳裏に一筋の閃光がほとばしった。吉田なら彼女の素性について何か知っているかもしれない。 「なあ、吉田」  顔が広く、バチカン市国の人口と同等かそれ以上のアドレス登録件数を誇る軟派男にすがるように僕は尋ねた。 「今、ギターの彼女と話してるあのコなんだけど……おまえ、知ってるか?」  二秒か、三秒か。そのくらいの沈黙があっただろうか。幾ばくかの空白のあと、吉田は意味もなく顎ヒゲを触りながら「ああ、あいつな」とつぶやき、 「中学時代の同級生」 「同級生?」 「ま、不登校みたいなもんだったし、ほとんど話したことねーけど。確か高校辞めて、今は母ちゃんの店……スナックだったっけな。手伝ってるらしい」  点と点が線でつながった瞬間であった。  薄々感づいてはいたが、やはりアヤナミは高校を退学していたのだ。ある時期を境に彼女をめっきり見かけなくなった理由は、おそらくそこにあった。  無論、退学に至った経緯が金銭的問題によるものなのか、人間関係によるものなのか、なんなのか、僕には知るよしもない。けれど、いずれにせよ、彼女が学校側からの一方的な処分を受けていたとしたならば、僕は一生をかけて母校を、そして黒い交際があるともっぱらの噂のハゲ校長を怨んでやろうと思った。 「つか、なんだよオメー、あいつが気になんのか?」 「別に……」 「ま、んなこたぁどーだっていいや。行こうぜ」    くるりとターンを決めた吉田が、オードトワレの重々しいバニラ臭を置き去りに、再び少女たちのもとへと歩き出す。    視界の先のアヤナミは、当然のことながら僕たちの存在など気にも留めておらず、相変わらずリッケンバッカー・ガールとのおしゃべりに興じている。  二人の会話の端々に「彼氏」「赤ちゃん」「結婚」などというワードを耳にしながら、僕の両足はまだ、やはり動作停止を保ったままだ。
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