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「覚えてるよ。……俺は、ウチが男兄弟だったから、兄貴じゃなくてあんなカワイイ妹が居たら良かったのにな、くらいに思ってたから。カッコつけたかったんだろうな。今考えたら俺が送る方がよっぽどメーワクだろって思うけど」
「そんなこともないけど……じゃあ、付き合おうって思ってくれたのも、妹の延長?」
「いや、妹ならいつまで経っても妹だけど、……高校生くらいの時かな。急に、あれっ、て瞬間が来るんだよ。今通ったの、亜美ちゃんだったよな、みたいな」
「……分かるような分からないような」
「分からなくても、あったんだよ。そういう時が。ま、その時より今のがもっと綺麗になったけどな」
微笑む彼を見上げると、桜の枝越しに差した日が彼の髪を明るく照らしていて、でも今はもう茶色じゃなくて、艶のある黒髪で、長さも少し短くなった。
彼が引っ越す前日、土曜日の夕方。
スマホが鳴って、メールを開いたあたしは
「えっ!」
と思わず声を上げた。
「んだよ。うるせーな。架空請求でも来た?」
テレビを見ていた高校生の弟が言う。
「違っ……お母さん、ちょっと」
慌てて、母に話して、母が父に話したところで、インターホンが鳴った。
「あ……あたし出るから!」
飛びつくように玄関のドアを開けたら、一瞬誰かと思ったけど、すぐに分かった。
「……蓮次さん、髪……」
「あー、ほら、向こう行ったら新入社員だろ。一応、形から入るかって」
彼は照れたように笑って、あたしの後から父と母が来たのを見ると、表情を引き締めた。
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