雪の夜

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◇◇◇  蓮が吉野さんを吉野さんと認識し、初めて出会ったのは蓮にとって人生最悪の日から数日くらい経った人生最悪の日々継続中の終わりだった。  卒業間近の高校からバイト経由で帰宅したオンボロアパートは、朝出掛ける時には多少の家財道具があった筈なのにみごとに室内に何も残って居なかった。訳が分からぬまま土足で上がり込んでいた複数の男達に黒いワンボックスに乗せられた蓮は古いビルの事務所の様な所に連れ込まれ説明された。  確か母親の借金が理由だったと思うが、金額がいくらとか、今の母親の居場所のことだとかそんな細かいことを蓮は覚えていない。大切な事だったかもしれないが、そんな事より、この時の蓮にはこれから自分に与えられる恐ろしい仕事で頭が一杯になっていた。  半分まだ子供だと思っていた蓮にもわかることだ。語られる説明なんて蓮を苦界へ引き摺りこむための単なる理由なだけであり、多分借金は法外な利息に増える事はあっても永遠に無くならないし、蓮は絶対に逃がしてなんかもらえない。多分死ぬか使えなくなるまで絞り取られる。今まで覗いた事もない暗い世界の入口で先に進めと脅され、否応なしに何かに署名させられた。  猫なで声の男達に両脇を押さえられたソファーに座り、署名を終えてペンを手から離す前。途中からやってきたこの室内の男達の中で一番偉そうな人が蓮の顎を強く掴み顔を覗き込んだ。 『綺麗な顔だな』 『これなら別の返済方法もイケるな』 『かなり回収できるんじゃないか?』 『沈める前に仕込みしときます?』  怖い言葉が渦巻く中。最後の誰かの一言にギラリと獣の欲望に満ちた光を帯びた男達に蓮はそのままテーブルの上に仰向けで押さえつけられた。  無理矢理、制服を剥ぎ取られる。  男女のそう言うことだって蓮は年頃レベルの噂しかしらなかった。中学生の頃には彼女もいたが手をつないだだけで精一杯だった。高校に入ればバイトが忙しく、また男子校だから下ネタは話しても、それ以上の知識は増えなかった。 だから男が男を受け入れることが出来る事実は、知識で持っていても、とてもそのままの心で自分の身体で受け入れる事ができるものでは無かった。  無駄だと気が付いていても最初は抵抗もしたし悪態もついた。途中からは多少痛い目に合わされて、写真でも撮られて脅されて、人に言えぬような店で下働きで働かされるのだと覚悟し我慢した。これは一時的な事なのだと。    だが与えられる行為は徐々におかしくなっていき、さらには蓮自身が気持ちいいと感じてしまってからは涙も出なくなった。
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