雪の夜

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雪の夜

 ベランダに面しているものの開ける事のできないガラス窓に蓮は手を添えた。  外気の冷たさを感じる手のひらを包むように白い形が一瞬薄っすら浮かぶのを確認しつつ、けれど吐き出した自分の息がまだ白くない事を蓮は少し残念に感じる。  透明なガラス越しに見上げたいつもの空は沢山の四角いビルや派手な看板に侵食され少し可哀相なくらいだ。かろうじて存在を主張するかのような四角い空はこの時期らしく今日も灰色だ。ただし、テレビの天気予報は今日夜半からの雪の予報を繰り返す。  毎年舞いはするが数年に一度位しか雪が積もる事はないというこの地域でもかなりの積雪が見込まれるという。  外に出ない蓮には関係ない事だが。 「いや、出れない。が正しいかな?」  思わず漏らした独り言に蓮は苦笑してしまった。  朝から何度も手元の連絡用の二つ折り携帯を見てもキッチンに置かれたタブレットを見ても今日は珍しく予約もない。更に天気予報が伝えるこれからの天気では急な客も来ないだろう。  蓮は先程、リビングにある部屋の集中制御に指を伸しエアコンと明かりのスイッチを落とした。  大きな窓ガラスから差し込む薄暗い日差しの中、蓮は室内をぐるっと見回す。少ない家具が伸ばす薄く長い影が愛しい。  夏の日差しと違ってこれはこれで季節感がある。  だだっ広いリビングにはおしゃれなソファーセットと絶対に高価なはずのスピーカーに繋がっている無駄に大きなテレビと蓮の為に用意された最新式のゲーム機が鎮座する。 リビングに隣接した水回りは水を飲むくらいしか使わないのに最新式の対面キッチンに、ホテルのように小洒落た洗面スペースとその奥の無駄に大きく多機能で迷惑な風呂。 水回りと反対側には蓮の衣服や客用の予備のタオルやシーツ類を含めても1/10も埋まっていないクローゼットと客から貰った本やCDやBDが入った段ボール箱が一箱だけ置かれた居室が一つ。 ああ、後はメインと言うべき、商売道具である大の大人の男が数人寝ても余裕の広さがある大きなベッドと色々な小物が入ったチェストだけが置かれた寝室。  どこもかしこも、監視カメラがついているのでプライバシーはないけれど、それは蓮の為でもある筈だ。 多分、だけど。
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