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「おう、吉野! どこ行く気だ?」
前から声を掛けられて顔を上げると、さっき雅也と出会った交差点の先に白井先輩と相模主将が立っていた。
二人共制服に着替えている。
みんなもうバスに乗ったらしく、辺りに他の部員の姿はなかった。
「あ、すみません。待たせてしまって……」
駆け寄ってぺこっと頭を下げる俺に、相模主将が心配ないと手を振った。
「いや、俺達も今、着替え終わって出てきたところだ。吉野はそのまま帰れるか?」
防具を着けたままの俺に何とも言い難い顔で尋ねられ、軽く頷いた。
俺の私用でこれ以上待たせるわけにいかない。
「はい。バスの中でも着替えはできますから」
すると目の前の先輩二人が、申し合わせたように「駄目だ」と口を揃える。
落ち込んではいても、一言言いたい気分になった。
本当はこんな汗臭いまま、バスに乗りたくなんかない。
俺の前で互いに顔を見合わせる先輩の内、相模主将が咳払いを一つして、「ところで」と、話題を変えた。
「例の友達には会えたのか?」
「はい、…ちょっとだけ」
強張る顔を隠す事もできず俯き気味に返事をすると、その様子に何か感じたのか、白井先輩が核心を突いてきた。
「ふん、あんま嬉しそうじゃねえな。やっぱ負けてたのか」
すぐには返事できず、ただ頷いた。
「――やっぱり琴浦でした。あいつ、『見栄張った』って、…言った」
事情を知り、その先を待つ先輩に本当の事を伝えると、隣で相模主将も軽く頷く。
第四試合終了直後の慌しい会話で、大体の事情は察していたみたいだ。
「そっか」
白井先輩が短く答え、鼻先で笑った。「ま、そいつの気持ち、わかる気がするけどな」
この人の言葉は、いつも鋭く胸に突き刺さる。
俺の態度のいい加減さを、暗に指摘されたからだ。
偽りも虚飾もない、心からの本心。
俺にふざけてくる時とは明らかに違う、時々見せるもう一つの顔。
雅也の事を適当にあしらったわけじゃない。精神的なゆとりがなかったのは事実だし、甘えていたのも自覚した。
けど、雅也に、俺の剣道見るの久しぶりで楽しみだと言われたのがすごく嬉しくて、そんな雅也の期待に応えたくて頑張ったのも本当なんだ。
白井先輩にも言われた、俺が調子よかったのは、多分雅也のおかげだった。
「――ほら、宿舎に引き上げるぞ。取り敢えず、見送れてよかったな」
複雑な想いを胸の奥に秘め、黙り込む俺の肩に主将の手が掛けられた。
「勝手な事して……すみませんでした」
促され、バスに向かいながら謝ると、相模主将が短く笑う。
「吉野の友達は特別だからな。大切にしろよ」
そのまま肩を叩き離れていく主将を、呆然と見返した。
……そうだった。
剣道部のみんなは俺の両親の事、知ってるんだ。
俺が田舎で、どれだけ彼らに助けられていたか……本人よりよほどしっかり把握してる。
だから昨日、相模主将はあんなにあっさりと行動の自由をくれたんだ。
「あ! 吉野、どうだった? ちゃんと礼言えたんだろうな」
久保が、ステップを上がり終えた俺を見るなり訊いてくる。
待っていてくれたみんなも俺がいなかった理由、全部知ってるんだ。
「僕も会ってみたかったな、その友達」
本城も奥の方から通路に顔を出し、残念そうに言った。「きっと頼りがいありそうな子だと思うな。だって吉野、時々すっごく抜けてるもん」
かっちゃんもそう思うよね? と隣に座る新見を振り返り、見てもいない雅也の性格を的確に捉えてふふっと笑う。
つられて広がる笑い声の中、
「――そうなんだ」
と答えていた。「ほんとにしっかりしてるんだ。……俺、雅也にみんなの事、紹介すればよかった」
今、俺の周りにはこんな仲間がいるんだ、って。
そしたら雅也、どうしただろう?
ちょっとだけ寂しそうにするかもしれない。でも、すぐに明るく笑って「安心した」と言ってくれる気がする。
意外に世話焼きだから、「瑞希がお世話になってます」なんて挨拶したかもしれない。
防具を外し空いた席に座ると、もう会えない雅也の姿を思い返すように窓の外に目を向けた。
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