好敵手

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 つまり、今の西城で一番いい球を投げるのは駿だけど、それはあくまで投球練習上の事で、身体は一番不安定だし、野球経験自体浅い。正式な試合は皆無と言っていい。  それに精神面も……本当の本番ではどうなのか、まだまだ未知数な面が多い。  だから希望としてはゆっくり育ててやりたい。  半面、西城の投手陣の力量から言って、大事な場面でいきなり…なんて事も、可能性として大いにありうる。  そんな事になったら経験値の少ない駿には、ものすごい重圧が掛かる。  その時に普段の実力通りの投球ができるのか、誰にも……恐らく駿自身にさえわからないだろう。  対処するにはやはり早めに投げさせ、プレッシャーにも徐々に慣れさせていくのがベストだ。  けど、相手は当然強くなるから、前半は関や田島にできるだけ頑張ってもらい、途中から交代させるとかして、少しずつ実践感覚を養うしかない。  とはいえ、勝っている時、しかもそれが僅差の場合、ピッチャーを替えるにはかなりの勇気がいる。  もう一つ、試合日の間隔がどんどん短くなる後半、身体への負担は大きくなるけど、駿がピンチに陥った場合でも、他のピッチャーへの交代は無理だという。 「――関と田島も、駿のボールを見てそう断言してるんだ」  ま、気持ちはわからないでもないけどな、と付け加え、「要するに矛盾だらけなんだ。あっちを立てればこっちが立たずってわけ。だから俺達にも迂闊に口は挟めない」  そう締めくくった。  監督も大学時代野球経験がある、という程度で監督に任命されたような人だと聞いた。  頼りないと言えなくもないけど、駿の経験値が低いのはどうしようもない。  素人なりに考えてみると、七回辺りで五点くらい差がついてれば、文句なく交代できるんだろうけど、そんなに上手く事は運ばないだろう。相手校にも思惑はある。 「勝っていくにしたがって、条件が厳しくなるって事か」 「その通り。だから部員数、特に投手の多いとこは、それだけでもすごく有利なんだ」 「そっか。…西城は部員何人だっけ?」 「全部で三十八人。内、一年が十七人。少ないだろ?」 「そう? 野球部員だけで四チームも作れるよ」  単純計算して答えると、北斗がぷっと噴き出した。「…何だよ、九人いたら上等だろ」 「そうだな、とりあえず守備位置は全部埋まるな」 「もう! いちいちうるさい」  田舎での草野球の話を覚えていたのか、楽しそうにからかう奴を睨み付けた。 「ま、西城はましな方だ。ピッチャーが三、四人いるって事は、それだけで余裕もできるし、今話したことなんか贅沢な悩みと言えなくもない」  表情を改め冷静に分析する北斗の頭の中は、外に出る言葉とは裏腹に、いつも真剣だ。 「……うん、そうかも」 「ちなみにこっちは」  開いたままにしていた雑誌の中の彼を指差して、「こいつ…加納一聖の代わりになるピッチャーはいない」  そう言い切った、強い口調に驚いた。 「へえ! 北斗にそこまで断言させるなんて興味湧くな」  どんな球を投げるんだろう? なんだかすごく楽しみになってきた。 「俺が言ったんじゃないぞ、山崎の見解だ」 「へ? 山崎?」  興奮気味な俺の熱を一気に下げる、あっさりとした声が返ってきた。 「去年の事は知らないって言ったろ?」  気分転換できたのか俺に背を向けた北斗が、宿題の続きを確かめてペンを手に取った。 「あいつ、その二人にずっと目を付けてたらしくてさ、『今年の要注意人物だ』ってその雑誌を俺にくれたんだ、『参考に読んどけ』って。で、あの時揉めてた奴らだと気付いた」 「ホントに? なんかすごい偶然だよ?」  そんなの、ありえるんだろうか?   山崎の目を付けていた奴と、北斗の助けた人物が同じだなんて。  ありえない事が起こるのが、奇跡だったりする訳だけど。  一人考えていると、 「それが……そうでもないんだよな」  意味深な台詞を口にするから、益々混乱してしまった。 「はあ? また、わけわからない。どういう意味?」 「――元を辿れば、山崎がそいつらに目を付けたの、俺が原因だったんだ」  ペンを動かしながら相手をする北斗の時々途切れる返事に、申し訳ないと思いつつ、この繋がりだけは聞いておかないと眠れそうになかった。 「北斗が? でも初対面っていうか、全然知らなかったんだろ」 「んー、まあな。けど試合した事はあった」 「いつ!?」  思わず、勢い込んで聞いていた。  その時の結果がどうだったのか、すごく知りたい。  興味津々の俺とは対照的に、北斗の声がそっけなく響いた。 「中三の夏季総体、県大会決勝戦」 「あ! 最後の打席、敬遠された時の?」  すぐにピンときて口走ると、北斗がゆっくり振り向いて、疑惑の眼差しで俺を見据えた。 「……どうしてお前が、そんな事まで知ってるんだ?」  その、少し低くなった声にぎくっとした。  もしかしてやばかった!? けど、言ってしまったものは仕方ない。 「えっと…山崎に教えてもらったんだ。でも一年前だよ、もう時効だろ?」  自分の…特に家庭の事は聞かれたくない奴だと知っている。  けど、おーちゃんだとわかってからは、それほど意識した事なかった。  おばさんの離婚の原因まで一緒に聞かされた仲だ。それに、今のは野球だ。  それでも聞いてはいけなかったのか?  心配になって様子を伺うと、再び机に向き直った北斗が、 「ったくあいつ、油断も隙もないな」  と、零す。  怒りの矛先は、どうやら山崎の口の軽さに向いているようで、それについて俺を責めたりはしなかった。 「ま、俺もあの試合の相手だとは、山崎から聞いたんだけどな」 「山崎に? だってもう二年も前だろ?」 「そうなるな」 「そんな事よく覚えてるよな。俺、よっぽどじゃないと相手なんて覚えてないよ」  言いかけて藤木さんとの試合と、次の決勝戦を思い出した。「あ、でも決勝なんかだったら覚えてるか」  心に残る一戦は記憶にも残る。  けど、一対一で戦う剣道と違い、野球は十八人だ。  かなりインパクトがない限り、そう印象に残らないんじゃないだろうか。  そんな俺の気持ちを読んだのか、北斗があっさり否定した。 「それだけじゃない。山崎が二人を覚えていたのは…というより、調べたのは――」 「『調べた』、なんだか探偵っぽくなってきたよ」  偶然とかじゃなく、意思を持って探ったみたいな事を言う。  もしそうなら、加納君達との距離はぐっと近くなる。  だけど、こっちから探るというのが行動派の山崎らしくて、ついその事をちゃかすと、北斗もつられるように笑みを漏らした。 「――その試合の最中、山崎の存在を忘れてあいつらをスカウトしかけたんだ」 「スカウト……北斗が?」 「ああ。二年前の加納のボールって、お前の剣と似てた」 「俺の…剣」  面食らいつつも小さく繰り返すと、「そう」と、背を向けたまま頷いた。 「こっちを熱くさせるっていうか、やたら闘争心を掻き立てる奴でさ。そんな相手初めてだったし、ちょうどピッチャー捜してた時で、俺もピッチャーの経験あるだろ?」 「うん」とさり気なく頷いて、実はすごくドギマギしていた。  間接的ではあるけど、俺の剣道が北斗を熱くさせると言われたからだ。  けど、北斗はそんな俺の動揺には気付かない、…気付かせない。 「だから最後、俺を敬遠した時の悔しさが…手に取るように伝わってきて、あいつの事、まともに見れなかったな……」  その時の想いまで蘇ったのか、動かしていた手が止まった。 「あーっ、もう、今日は止め」  数学の教科書をパタッと閉じて、片付け始めた。 「え!? あ、ごめん! 俺、やっぱ邪魔してた? 加納君の事聞きたくてつい……ごめん」  いきなりの中止宣言に、俺はひたすら謝るしかない。「あの、もう黙ってるから…」 「いや、メインの宿題は終ってる」 「……ほんとに?」 「ああ。今してたのは明日の予習、ほら」  そう言って示したノートには、確かに俺が明日習う予定の項目が、相変わらず可愛らしい丸文字で書かれていた。同じようなペースで進んでいるらしい。  罪悪感が薄らぐと同時に、唖然としてしまう。 『集中できない』なんて、よく言う。  俺なんか宿題片付けるだけで毎日精一杯なのに。  落ち込む俺には見向きもせず、止めると決めた北斗は、見せたノートを鞄に入れ、他の教科書も揃えると、スタンドの電気をさっさと消してしまった。
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