one hundred and three (side 鹿島)

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one hundred and three (side 鹿島)

「……そんなことないよ」 「それに、」 小梅は息を継いでから、一気に言った。 「身に染みてわかったんです。住む世界が違うんだってこと。一度、連れていってくれたパーティーの時、鹿島さんの周りには綺麗な人がいっぱい居て、キラキラしてて。私みたいなちんちくりん、一人も居なくて」 「こ、小梅ちゃん、」 「鹿島さんには話してなかったんですけど、あの時……大同さんと一緒にオードブルを食べていた時、」 自分が橘と藤間不動産の娘の相手をしてた時だ。 「クラッカーにエビとアボカドが乗ってるやつ、手で取っちゃって……」 「え、」 小梅が息を吐いた。 「よく見たら、平たいスプーンみたいなやつ、あったんですけど。みんなが、えっ、って顔をして」 「だ、大同はそんなことは気にしないよ」 「ううん、テーブルの向こう側にたくさん女の人がいて……」 「何か、言われたの?」 小梅が、ふっと笑った。 「いえ、直接は言われなかったんです」 「じゃ、じゃあ別に……」 「言われなかったけど、」 小梅が止めた言葉に恐怖がせり上がってきた。 鹿島は理解した。 笑われたのだ。 そこにいる連中は、そういう類の人間なのだ、と。そして、自分もそんな連中の一員で、小梅に出会うまでそれが当たり前だったのだ。 鹿島の足元は一気に崩れ落ちた。どす黒い底なし沼の中へとずぶずぶと沈んでいくような気すらした。 小梅にそんな思いをさせていたなんてと、自分の間抜けさに怒りすら湧いてくる。愚かな自分を殴ってやりたい。今まで生きてきた中で、初めてそう思った。 (その時、俺は……大同やあいつの部下たちにやきもちなんかして、バカみたいに) 男に囲まれている小梅を見て、頭も心も嫉妬でいっぱいにし、小梅の様子をわかっていなかった。 (しかも、気まで遣わせて……) 一回り以上も若い小梅に、辛い思いをさせていたのを察することができなかったのだ。いい大人が何をやってんだろうな、心の中で自嘲する。けれど後悔してももう、何もかもを取り戻せない。 小梅が続ける。 「でも、そんなことより、なにより……鹿島さんに恥をかかせてしまったなあって」 「え、」 小梅の伏せ気味の睫毛が、ふるっと震えたように見えた。 「鹿島さんを困らせないように、恥をかかせないようにって、頑張ったんですけど、」 えへへ、と力なく笑う。 あのパーティーの日。挨拶に回っている時、相手にどれだけ無視し続けられても、小梅がにこにこと笑みを浮かべていたのを思い出した。 泣きたい気持ちになった。 「……鹿島さんが付き合ってた人も……って、そういえば、ちょうどこの場所でしたね。花奈さんって方だって、すごく綺麗で。雑誌のモデルさんか芸能人みたいだった」 小梅は握っている手にさらに力を入れて、ぎゅっと握り締めた。唇にも力が入り、そのところどころが薄っすら白く浮かび上がっている。 嫌な予感がした。 鹿島は、それが現実になることを恐れた。 「小梅ちゃんっ」 「私、わかってたんです。鹿島さんは私とは全然違う世界に生きている人なんだなあって。でも少しだけ夢見たいって欲が出ちゃったんですよ、きっと」 「そんなこと関係ないよ……」 あまりの弱々しい声に、自分でも驚いた。 「私みたいな貧乏人は、こんなキラキラした世界にいちゃだめなんです。それに、」 待ってくれ。 絶望の、そのぎりぎりの場所。 待ってくれ、待ってくれ。 「これで、わかったと思います、私の本性も……冷たい嫌なヤツなんです」 お願いだ、もう少しだけでいい、側にいさせてくれ。 「…………」 「優しくてステキな鹿島さんにはつり合わないんです。鹿島さんは凄い人です。凄い人なんです。たくさん本とか載っていて、本当に凄い人なんだなあって。私なんて、そんな鹿島さんには相応しくないです。全然、相応しくない」 「……小梅、ちゃん」 「今まで、色々とありがとうございました」 差し出されたスマホと小梅の泣き腫らした赤い目とを何度か交互に見ると、鹿島はようやく震える手でスマホを受け取った。
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