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one hundred and six (side 小梅)
白菊の混じった花束を持って、墓地まで歩いていくと、お墓の前で手を合わせている人がいる。
覚えのある、姿勢の良いその背中。
自分が持っている花束と、遠目でもわかる同じ白菊。その花束が花入の筒に差してあり、私は少し苦笑した。
サツキフラワーの店主である皐月さんは、「お墓参りなら、コレが定番」そう言って、白菊を引っ張り出しては、和紙のような少しごわごわする布で巻いて包んでくれた。
その花束を抱え直す。
(随分と……長い時間、お参りしてくれるんだな)
その人が、なかなかその場を離れようとしないので、降りる途中で足を止めていた階段に、よいしょと腰を下ろして座った。
平日の昼下がり、墓地には人の姿はほとんど見あたらない。
盆、正月、彼岸、そして命日とおばあちゃんの誕生日。年に何度も、私はおばあちゃんのお墓まいりに来ているが、こうしてあの人と出会ったことはほとんどない。
(ふふ、いつも先を越されちゃっているから……今日はラッキーだな)
こうべを垂れて合掌する、その後ろ姿。
その佇まいも美しく、あの人がいる世界はもう、あの人が存在するというだけで別世界のようだ。
けれどもう、遠く、遠く、そして遠い。
柔らかい風が頬を撫ぜていく。
風に促されて、私は顔を上げて空を仰いだ。
いつか見たような青空は、綿菓子のような白い雲をぷかりぷかりと浮かべていて、その対照的な色合いを、この目に焼きつけようとしてくる。
(ああ、……気持ちのいい日になったな)
しばらくの間、その青空を胸いっぱいに堪能してから視線を戻すと、墓の前にはもう誰の姿もない。
このぬるい風がさらっていってしまったように、消えてなくなってしまった。
ぽつんと残されたのは、寂寞の思い。
まだ。
こんな風に、寂しく思う気持ちが。
この胸に残っているのには、苦笑しながらも認めるしかない。
腰を上げて立ち上がる。お墓に近づくと、線香の仄かな香りが鼻腔に届いて、鼻の奥がむずっとした。
「おばあちゃん、来たよ。私、元気にしているよ。おばあちゃんは元気? 風邪なんかひいてない?」
あれからずっとおばあちゃんの眠る顔だけが思い出されていたけれど、最近では優しく微笑む顔を、ようやく思い出すことができて。その笑顔が、私に大丈夫だよと声を掛けてくる。それが私の奥底に眠る、罪悪感が連れてくる補正だとしても、私はもうそれでいいと思った。
その方がひとりの孤独に耐えられる気がするし、思い出の中でしか、おばあちゃんには会えないのだから。
私の中に眠る、あの人と同じように。
毎回、先に花束が挿されているから、持ってきた花束を無理矢理にぎゅうっと入れる。そうこうしているうちに、いつしか花入の筒が一回り大きいものになっていた。
その白菊だらけの花を前にし、私はふふと苦笑しながら、墓石に水を掛ける。
こんな豪華に花が盛ってある墓は、辺りを見回しても、そうそう無い。
「どうせ、結局二つ合わさるんだから、いっそのこと、まとめて一つで良いんじゃないの?」
皐月さんが可笑しそうに笑う。
私はその笑顔につられ、薄く、笑った。
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