one hundred and nine (side 小梅)

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one hundred and nine (side 小梅)

「お金が少し貯まったので」 私がはにかみながら言うと、くるんと後頭部で上手にまとめ髪にしてある店員さんが、笑って言った。 「自分へのご褒美ですね」 営業スマイルだとしても、その笑顔は美しくて、とても気持ちが良い。 (やっぱり、笑顔が良いに決まってる) おばあちゃんが亡くなってから、私は少しだけ笑顔をやめた。 無理矢理にも作る笑顔は、自分を追い詰めて傷つけるだけだということを知って、私はそれこそ驚愕(きょうがく)してしまったのだ。 自分の今までの人生に、嘘をついていたような気持ちになった。 (でも、鹿島さんとは……) 公園で遊んだ時も、苺パフェを食べていた時も、たまにモリタで出会って話した時も。 一緒にいる時には、自然に湧き上がってくる笑顔。 それは本物で真実。 がむしゃらに働く日常の中で、自分にとってオアシスのようなものだったんだ。 「こちらなんかは新作ですので、まだどなたもお持ちではないですよ」 私は、ショーウィンドウの中を覗き込んだ。 『15万円』 心の中で苦笑いをしたつもりが、店員さんにはバレたみたいで、すぐに隣のショーウィンドウへと移動される。 「これなんかも、可愛いデザインですよ。若い方にとても人気なんです」 緑の宝石がついた細いリング。 「可愛いんですけど、予算オーバーで」 店員さんのアドバイスをかわしながら、すすすっと横へずれていく。 私の中ではもう、これと心は決まっていて、そこへと一直線に向かっていく。結局、一番端っこのショーウィンドウで、目が止まった。 (あ、これだ) 見ると、値札には切りのいい値段が記入されている。今日、私が持ってきたお金でも、もちろん買える金額だ。 シルバーの。 ねじりの入ったデザイン。 シンプルな。 鹿島さんが、買ってくれたリングと同じもの。 (良かった。まだ売っていた) 店員さんが、ショーウィンドウからリングを出してくれる。 「定番の商品です。シンプルで可愛いですよね」 「はい、」 私の視線が釘づけになっているのを見て、さらに言った。 「お値段もお手頃で、宝石がついたものと重ねづかいもできますよ。ほら、これ、このトパーズのついた……」 店員さんが他のリングを出そうとするので、私は慌てて手を上げながら言った。 「あ、他のは良いです。実は、このリングを探していて……」
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