seventy two (side 小梅)

1/1
279人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ

seventy two (side 小梅)

「お礼をしたいんです。お願いします、この通りです。神さま、仏さま、隼人さま」 仏頂面に向かって頭を下げると、隼人さんは意外とすんなり、いいぞ、と言ってくれた。 私は、ぱあっと心も明るくなり、さっそくエプロンをつけて腕まくりをする。 「鹿島さん、チョコが好きだって皐月さんが言っていたし、ご自分でもワインと一緒に食べるって言ってたし。ワインに合うっていったらチョコブラウニーがいいかな、って」 「小梅、あんまり浮かれるな」 隼人さんの言葉に、ウキウキとした気持ちもしゅんっとこうべを垂れる。 「……はい」 隼人さんが言いたいことはわかっている。自分が鹿島さんと本物の恋人同士にでもなれるんじゃないかって、そういう淡い希望みたいなものを持たない方が良いって、真斗さんにも言われてて。 確かにブレスレットも返してしまったし、次に会う時にはスマホも返そうって思っているのに、それをすっ飛ばして鹿島さんとまたデートできるだなんて、思う方がおかしい。 わかってる。 けれど、わかってても、今度の水曜日に会う時間を取ってもらえて、私は嬉しかったし、お礼も言いたかった。 板チョコを、パキンパキンと折っていく。耐熱のボールにふわっとチョコの甘い匂いが広がった。 そして、チョコブラウニーがすごく美味しく出来上がると、やっぱり嬉しくなってしまって。私がよく行く100円ショップで小箱とリボンを買った。 包装して、リボンを掛ける。 鹿島さんに貰ったブレスレットの高級な包装との差に、やっぱり落ち込んだけれど、水曜日まであと二日。 私は、家の壁に掛けてある、モリタで貰ったカレンダーに、赤ペンで花マルを書いた。 本当は、赤ペンでハートを書きたかったけれど、隼人さんのあまり浮かれるなの言葉を思い出して、それは止めた。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!