279人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ
seventy six (side 鹿島)
「え、パーティーですか?」
小梅がキョトンとした顔を向けながら、細長いスプーンを口に入れた。
「うん、ちょっとだけでいいんだ。ついてきてくれないかなって」
「で、でも、服とかないし、それに私ほら、マナーとかわかんないですし……」
小梅の唇のふちに生クリームがついている。鹿島はそれを、ぼーっと見ていた。
「小梅ちゃんが嫌なら無理強いしないけど……」
小梅の前には細長いガラスの器に入った、苺パフェが置かれている。このパフェは、小梅が遠慮するのを鹿島が無理矢理に押し通して注文し、小梅に食べさせているものだった。
(だって、あんな話聞いたら、対抗したくなるだろ)
久しぶりにカフェで待ち合わせし、意気揚々とデートに臨んだ。
「小梅ちゃん、なに食べる」
「どうしようかな……あ、これすごいですね‼︎」
指をさしたのは、苺パフェやチョコレートパフェだ。
「これぞ、パフェって感じのパフェですねえ」
小梅が軽い興奮を見せたので、鹿島は「食べたかったら、それにしたら?」と言った。
すると、小梅が笑顔で、いいですいいですと両手を上げて、断る。
「私、こういうザ・パフェっていうのに小さい頃から憧れてて。一度は食べてみたいなって話したら、メープルの隼人さんが、じゃあって作ってくれて。メニューには出してないんですけど、こんなん、作ってもらったことがあるんです」
両手で、パフェの高さを作ってみせる。
ちりと、胸に痛みを感じた。自分の顔の表情筋が引きつるのを感じて、慌てて、鹿島は言った。
「そ、そうなんだ。それは良かったね。でも、これ美味しそうだし、食べたら?」
鹿島は、苺パフェを指差した。
「こんな大きいの、一人では食べれませんから。私、クリームソーダにします」
隣を指差す。値段は半分以下だが、アイスクリームが乗っていて、美味しそうだ。
けれど、鹿島は下らない嫉妬から抜け出せなかった。
「俺も食べるし、これにしなよ」
「半分こですか? それ良いですね! じゃあ、そうします」
嬉しそうな顔を浮かべる。バカみたいだが、やった勝った、と思った。
(いやいや、バカじゃないし。ヤキモチだろうがなんだろうが、そりゃ俺だって小梅ちゃんの食べたいもの、食べさせてやりたいよ)
そして、苺パフェが運ばれてきて、小梅がわくわくとしながら長いスプーンを握りしめている、という状況だったのだが。
気がつくと、その手が止まっていた。
「あ、本当に気にしないで。パートナー同伴って言っても、別に男同士でも良いんだ。大同でも連れていくし、須賀くんでも良いんだから」
「え、須賀さんでも?」
「ああ、須賀くんは運転とかしてもらっているけど、普段は書類を作成したり、ちゃんと会社の事務もお願いしているんだ。だから、まあ部下ってことで連れていけるし、だから、無理しては……」
「ん、そうですね。私が行ってなんかやらかしちゃうより、須賀さんに行ってもらった方が、」
「君はやらかす、なんてことしないよ。小梅ちゃんはきちんとしているし、君のおばあさんがちゃんとそういうとこ、きちんと育ててみえたんだなって、わかるくらいだし。小梅ちゃんはどこに出しても恥ずかしくない子だよ」
言ってから、わあああ俺、親戚のおじさんかと思い、鹿島は苦笑した。
けれど、小梅ちゃんは俯いて、頬を染めている。ぱくとスプーンを咥えた唇が、少しの間をおいて、ありがとうございます、と言った。
「洋服は用意するし、俺がずっと側についているから大丈夫だとは思うけど、強制はしたくないから、少し考えてみてくれないかな」
「は、はい」
「ありがとう」
鹿島はにこっと笑って、その話題を一旦横へと置いた。
「そういえばチョコブラウニー」
「はい」
パフェを半ばまで食べ進めた頃、話を切り出した。
「美味しかったよ」
「良かった、ありがとうございます」
「お店で売っているやつみたいだった」
「うふふ、秋田さんの惣菜の横で売っちゃおうかな」
そう言いながらパフェの生クリームをすくってパクッと食べる。苺は好物なのだろうか、全て横によけてある。そんな仕草を見て、そして小梅が美味しいを笑顔で連発させるのを見て、鹿島は思った。
(ああ、やばい、幸せだ)
心が。凪いだ海のように、静かだった。
最初のコメントを投稿しよう!