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seventy nine (side 鹿島)
「あああ、緊張するう」
一等地に立つホテルのロビーで、小梅は胸を押さえながら、深呼吸をしている。
「はあああ、ふううう、はあああ、ふううう」
その小梅の様子を、鹿島は満足げに見ていた。
ドレスは、大人っぽい濃紺のレースのワンピースを選んだ。スカート丈は膝までのもので、あまり若く見られないようにと、大人甘めのコーデだ。
若いからといってフリルのついた可愛らしいピンクのワンピースにしようとして、深水に速攻で却下された。
「社長……これでは娘さんですか? と言われますよ」
タブレットを見ながら相談すると、即座に却下。深水がすぐにこれとこれ、と指示してくれ、購入したものが、このワンピースだ。
「あまり高級なものにしないでくれ。小梅ちゃんが気にするんだ」
「これなら、学生でも買える範囲のものですから、大丈夫です」
「この店、安いね」
「もちろん、生地は劣りますが。今時、高級なものも流行りませんからね」
「そうなんだ」
花奈の買い物で、目が肥えていたし、金額にもバカになっているようだ。苦笑しながら、タブレットを指で下へとスクロールしていく。
「時代ですよ。今は安く買っていかに高そうに見せるか、です」
「じゃあ、これはその点、オッケーだね」
深水が、はいと言う。その深水の言う通り、上から下まで一式をネットで注文した。
「これ、届いたら須賀くんに渡してくれる?」
「どうして須賀さんに?」
「モリタに週3で通ってるって言ってたから、たぶんその方が早い」
はああ、と深水が溜め息を吐く。腰に手を当てて、小首を傾げた。
「いいですか社長。こういうことは人頼みにしてはいけません。それはなぜかというと、好きな人に自分に好意を持ってもらう絶好のアピールチャンスだからです」
「う、」
「それに……」
深水の切れ長の目が、細められる。いつも商談で使う、相手を威嚇する時の武器の一つだ。
「須賀さんは、つい最近、ユリナちゃんと別れました」
その言葉と、深水の目にやられて、鹿島は慌てて言った。
「え! そうなんだ。それはマズイ。俺が直接、持っていくよ」
「承知しました」
にこっと笑う深水を置いて、頭をかきながら仕事に戻ったのだった。
「あの、この服のお金、お支払いします」
数日してワンピースを渡しに行った時のことだった。スマホで呼び出してから自分の運転する車の中で、小梅にドレスを手渡した。案の定な小梅の反応。鹿島は袋からワンピースを取り出して説明した。
「知り合いのショップで、B級品を譲ってもらったんだ。ここに少しヨレとかほつれがあるから、安くていいって。そんなもので悪いけど」
「えええー、全然、どこだかわからないくらいですね」
小梅が首を傾げている。これも深水のアドバイスだった。
宅配で届いたドレスを、深水は念入りに見ていた。何をしているのかと思いきや、ドレスの一部分にヨレがあるのと、裏地の縫製にほつれがあるのを発見したのだ。
「嘘つくわけじゃないですし、安いのはまあ事実ですからね」
履歴書はそうパッとしない深水を秘書として雇った最大の理由は、この頭の切れ方だった。深水のスマートな部分は、商談でも大いに役立っている。
「このバッグとネックレスは、深水の私物なんだけど」
「深水さんて、秘書さんですね?」
「ああ、そうだよ。だから、気にせずにね」
そして、出来上がった小梅は、歳よりもずっと大人びて見えた。これなら、娘さんですか、と訊かれることもないだろうと、胸を撫で下ろした次第だった。
「すごく、似合うよ」
可愛いと言いたかったが、気持ち悪いと思われたくなくて、そう言った。
スマホも格安のものに替えて説得し、ようやく持ってもらえたのだ。
「べ、別に他の人の連絡先とか、入れてくれても全然いいから」
「モリタもメープルも電話番号暗記しているんで、大丈夫です。どうしてもっていう時は、鹿島さんに許可を得てからにしますね」
そんな真面目な性格にも好感が持てたし、そのことにも少しの安堵があった。
(でもなあ、もうそのスマホに須賀くんの電話番号が入ってるんだよなあ)
くそっと思うが、許可した手前、削除しろとも言えない。
物思いに耽っていると、小梅が再度、不安そうにそわそわとし始めた。
「ああ、緊張するう」
鹿島は苦く笑いながら、言った。
「よし、じゃあ行こうか」
小梅の背中にそっと手を回して、必要以上に触れないように気をつけながら促し、エレベーターに乗った。
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