eighty one (side 鹿島)

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eighty one (side 鹿島)

振り向くと、前は取引先の担当で、現在はそこを退職し、最近起業したと噂の女性が立っている。 「ああ、(たちばな)さん、こんばんは」 「ご無沙汰しています。その節はお世話になりました」 「こちらこそ、」 「名刺交換、お願いしてもよろしいですか?」 鹿島は了承した。胸ポケットから、名刺入れを出す。 「鹿島さんのは、以前いただいたのがありますが……」 「以前と、ポストが違っているかもしれませんから」 その言葉に、ふふ、と笑う。 「相変わらず、楽しい方ですね。はい、これ、私の名刺です」 受け取ってから、鹿島は手を止めた。手書きで携帯番号が書いてある。 「何かご用がおありでしたら、どうぞいつでも連絡してください」 にこっと笑って、じっと見つめてくる。いわゆる、熱視線というやつだった。それを鹿島は微笑みで返すと、名刺を胸ポケットへとしまう。 「先日の講演会、拝聴しました。素晴らしい、講演でしたわ」 「それは、ありがとう。あまり、ためにはならないかもしれないけど、」 「そんなことはありません。ぜひ、実践させていただきます。鹿島さんのお話はユーモアもあって、本当に、」 「失礼します」 そこで話の腰を折って、もう一人、女性が入ってきた。 「橘さん、私もお話に混ぜてください」 「あら、今は私がお話ししているのに」 女性はそれを無視する形で、構わずに鹿島に話し掛けた。 「鹿島さん、私、藤間不動産の藤間 詩織(ふじま しおり)です。先日は、父が大変お世話になりました」 「ああ、はい、その節は……」 曖昧に返事をしながら、二人の女性の合間から、ちらっと小梅を見る。小梅の周りには、大同を入れて男が四人に膨れ上がっている。 しかも、大笑いで楽しそうだ。 (なんだよ、くそ) 内心、気に食わなかった。大同に文句を言ってやらないと気が済まない、そんな気持ちになっていた。 「すみません、連れがいますので、」 手を上げて、二人の間をすり抜けようとした時。肩口を押さえつけられた。驚いて見ると、橘の手が肩に置かれている。それも、失礼だとは思った。 けれど。 「鹿島さん、あの方……鹿島さんのお連れの方。どんなご関係なんですか?」 このパーティーで一度も訊かれなかったことだ。 ストレートに問われて、一瞬、言葉に詰まった。その隙に橘が畳み掛けるように言う。 「親戚のお嬢さんか何か?」 その言葉に鹿島はキレた。 「僕の恋人です」 まあっ、と口元を手で押さえる。 「あんなお若い方と……どこのお嬢様なんです?」 「あなたに関係ないでしょ」 言い放って二人の間をこじ開けて、抜けた。すたすたと笑う小梅に近づいていく。鹿島は、小梅の腕を取ると、ぐいっと引っ張りながら踵を返した。 「鹿島、ちょっと待て、」 大同の焦った声が遠いところで聞こえた。けれど、鹿島はエレベーターに乗るまで、小梅の腕を引っ張り続けた。
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