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eighty two (side 小梅)
大同さんが声を掛けてくれて、私は心底、ほっとした。パーティーは思っていたより、盛大で。盛大すぎて。
鹿島さんが知人の人に会うたびに、私を紹介してくれるのだけれど、皆んな私なんて最初から居ないかのように無視をして、鹿島さんに話し掛けている。
そんな扱いをされると、私は自分が透明人間にでもなったかのような気持ちになって、少しだけ傷ついていた。
無視されるという行為には、あまり慣れていない。私の、今までの学校生活や社会人生活は、周りの友達や職場の人に助けられて、とても幸福なものだったのだと身に染みて理解したほどで。
たかだか小一時間くらいが、永遠のような時間にも思えた。
けれど、私は耐える。
鹿島さんに、バカみたいな迷惑は掛けられない。
履きなれないパンプスに足が締めつけられて、立っているだけで痛みが出てきて困ってしまった。 立ち仕事には慣れているはずなのに。いつもはスニーカーだから楽勝なんだけれど。
「小梅ちゃん、ここからだとテーブルの向こうからは見えないはずだから、パンプス脱いでいいよ」
だから大同さんが連れ出してくれて、そう耳打ちしてくれた時、私はほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。実は足が痛くて痛くて」
小さな声でそう返すと、大同さんは苦く笑った。
「ごめんな、小梅ちゃん。あいつ、全然気づいていないみたいだったからな」
視線を鹿島さんに向ける。私もちらと目を向けると、鹿島さんは二人の女性に挟まれていた。
「たぶん、あいつ、小梅ちゃんを社交界デビューさせようと、必死になってんだよ。許してやってね」
「そんなことは……でもほんと、助かりました」
遠い目で、鹿島さんを見る。側にいる女性は、二人。
一人は濃いブルーのドレスを着ていて、黒の小さなバッグを手に持っている。髪をひっつめて後ろで団子にし、スマートな体型が人の目を引いていた。
もう一人は、ボリュームのあるワンピースが可愛らしい、いかにもお嬢さまといった雰囲気だ。
二人とも、鹿島さんに届くくらいの背の高さがある。
「悪いなあ、小梅ちゃん。あいつ、金持ってるし有能だから、ああやって色んな人種が寄ってきちゃってだな」
「鹿島さんは皆さんに好かれているんですね」
「くうぅ。小梅ちゃんはホント良い子だなあ。いやあ、でもあいつらが皆んな、あいつのことが好きかどうかってのは別問題なんだよねー」
ブルーのドレスの人が、鹿島さんにそっと寄った。
息が届きそうなその二人の距離に、私の心臓はぐっと掴まれたように痛んだ。
私はそれ以上、美人な女性に囲まれている鹿島さんの姿を見ていられなくて、視線をテーブルの上に戻した。
「小梅ちゃん、これ食べた?」
大同さんが、指差す。
「あ、はい。美味しかったです」
「じゃあ、俺も食ーべようっと」
「社長、こんなところで何やってるんですか?」
そこへ、スーツの男性が二人やってきて、大同さんに声を掛けてきた。
(そうか、大同さんも社長さんだって言ってたっけ、)
慌ててパンプスを履こうとすると、大同さんがこいつらは大丈夫、と言って、邪険そうに手を振った。
「おい、邪魔すんな。見りゃわかるだろ。今、ナンパの最中だから」
私はその返しに、ぷっと吹き出して笑った。
「もー社長はいっつも女の子ナンパしてんだからー」
「この人ね、いつもこんな感じなんっすよ」
二人の男性が、私に向かって話し掛けてくる。
「俺の部下」
大同さんが言うと、「偉そうに!」と反撃される。
「偉そうって、当たり前だろ? 俺、社長だもん」
「だもんて‼︎」
「社長って言っても実際は、ダブルヘッドの波多野さんに頭が上がらないじゃですかあ」
「うるせー」
そんなやりとりを見ていると、大同さんがどれだけ部下の人に愛されているかがわかる。
「ふふ、大同さんは会社でもこのまんまなんですね」
そう言うと、二人の部下の人が笑った。
「表裏ないんすよ、この人」
「でも、腹は黒いっす」
そして、遅れて大同さんの知り合いがもう一人、合流した。
「波多野さん、こっちこっち。今、うちの会社の実権は波多野さんが握ってるって、話してたとこですよ」
「おいおい、俺をその気にさせて、陥れる気か」
「波多野、定年までは安泰だと思ってたら、大間違いだぞ」
「なんだと。おまえら俺を派閥から追い出そうとしているな?」
苦笑いの波多野さんは、大同さんとは友達のように軽い口調で話している。
少しの間そこで談笑し、最終的には部下に褒められまくって大照れの大同さんが、俺は腹が減ってるんだ、料理を食うぞ、と私を促してくれた時に。
つられて笑いながら、私はテーブルの上の大皿に綺麗に並べてあった、クラッカーに手を伸ばした。
エビとアボガドが乗っていて、とても美味しそうなカナッペ。
それをパクリと口に入れる。
「美味し、」
その時だった。
嘘だろおい、ええーやだあと少し離れた場所から声がして顔を上げる。視線を上げるとテーブルを挟んだ向こう側に、こちらを見ている二人の女性と二人の男性がいるのが見えた。
「やあねえ」
「ほんと」
くすくすと、笑い声。私を見て、笑っている。
最初は。彼らが何に笑っているのか、わからなかった。
私が「?」を頭の上に浮かべていると、「ねえ見た? 手で食べたわよ」との言葉が耳まで届いた。
「猿か」
途端に、かあっと顔が熱くなった。
大皿をよく見ると、三角形の平たいスプーンが側に置いてあり、それを見て私はようやく理解したのだ。取り分け皿も横に積んである。
くすくす笑いは、続く。
そこでようやく私は、さっき鹿島さんが私を紹介して歩き回っていた時、私をじろじろと見ていた四人だということに気づいた。
彼らはさっきも今と同じような嘲笑を浮かべていたので、きっとその時も、私は何かをやらかしていたに違いない。
(鹿島さんに、恥をかかせちゃったな……)
慌ててパンプスを履く。
もぐもぐと口を動かさないように咀嚼していたクラッカーに、何の具材が乗っていたかなどはもうわからない。味覚は奪い去られ、聴覚だけがその鋭さを研ぎ澄ませていく。
頬が上気して、真っ赤になっているような気がした。
私は、俯いた。
大同さんと部下の人たちとの軽口の応酬は続いている。
時々は、私に話を振ってくれるけれど、笑って頷くのが精一杯。もう何も喉を通らない。
私はその日。
鹿島さんが腕を引っ張って、この場から連れ出してくれなかったら、きっとその場で泣き出していたに違いないと思った。
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