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eighty seven (side 鹿島)
「すみません、ちょっと良いですか?」
ナースステーションの横にある待合室で、医師と話し込んでいる小梅を待っていると、先ほど挨拶をした年配の看護師に声を掛けられた。
「はい?」
「小梅ちゃんのご親戚の方ですか?」
看護師という仕事柄か、はきはきと訊いてくる。
「い、いえ、友人です」
「ああ、そうですか」
落胆が見て取れたのが気になって、話を続ける。
「親戚なら、何か?」
看護師は少しだけ慌てて、手を上げた。
「いえいえ、良いんです。ただ、小梅ちゃん、仕事大丈夫かなって思ったんですよ」
鹿島は怪訝に思い、どういう意味ですか、と問うた。
「彼女、めちゃくちゃ働いてるでしょ。身体、大丈夫かなと思って」
「忙しそうにはしていますが、体調が悪いとかそういうことは聞いてないですね」
「それなら良いけど。誰か、入院費を少しでも肩代わりしてくれる親戚の人って、本当にいないのかしら?」
「すみません、俺、そこのところの事情は知らなくて……もしかして小梅ちゃん、自分で?」
「そうなのよ。結構な額だから、いっぱいいっぱいなんじゃないかって、みんな心配してて」
「…………」
「会社員ならまだしも、パートだって言うじゃない? ご飯、食べれるのかなって思って」
鹿島は考え込んだ。
「……でも確か、高額医療って、費用戻ってきますよね?」
「そうなんだけどねえ。それ以外にもベッド代とか大人用のオムツ代とか、結構かかるのよ」
「そうなんですか」
鹿島の胸が痛んだ。一生懸命、モリタとメープルで働いているのは知っているが、そんな大変な目にあっているとは思いも寄らなかった。
「こんなこと言うのもなんだけど、おばあちゃん、この先も長くなりそうだから。小梅ちゃんがご飯ちゃんと食べているか、様子見ててあげてね」
「……はい」
それだけ言うと、看護師はナースステーションへと戻っていった。
(だから、あんなにがむしゃらに働いているのか)
モリタのレジで、笑顔で働く小梅の笑顔が、浮かんできた。
「なんだよ、それ」
小梅の親が生きてれば、祖母の面倒はその親が見るはずだ。鹿島は歯噛みしたい気持ちになった。
「鹿島さん、お待たせしました」
その声で振り返ると、小梅が書類を抱えて小走りで近づいてくる。
笑顔だ。
(そうだよ、いつも笑顔なんだ。どんなに辛くても、いつも笑顔で……)
この病院で、鹿島の元恋人の花奈に、花束で顔をぶたれた小梅を思い出す。
『こんな地味な女のどこがいいのっ‼︎ こんな、こんな見すぼらしい、貧乏くさい女のどこがっ』
そんな花奈の罵詈雑言に、震えながらも必死で耐えていた小梅の姿。それどころか、鹿島が怒りで我を忘れ、花奈に手を上げそうになるのを、小梅はだめだと叫んで、自分を止めてくれた。
胸の奥が、じんっと痺れた。
「今日はありがとうございました。おばあちゃんも喜んでると思います」
「うん、」
胸がいっぱいになって、短い返事しかできない。
「じゃあ、行きましょうか」
「ん、」
エレベーターに乗り込む。横に並ぶと、頭一つ低い小梅の髪が、自分の肩にかかる。その身長差を考えるだけで、途端に愛しさがぶわっとせり上がってきた。
鹿島はたまらず、小梅を抱きしめたい衝動に駆られた。
ぐっと、我慢した。けれど、膝を少しだけ折って、そっと小梅の手を握った。
「あ、え、鹿島、さん、」
小梅が驚きの顔から、恥ずかしそうに下を向く。
耳がほんわりと赤みを差し、自分で切ったという前髪が、ゆらっと揺れた。
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