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ninety three (side 小梅)
傷つかないと思っていたけれど、傷ついていたのかもしれない。自分では気づかなかった綻びのようなものから、ビキビキと亀裂が入っていくのを感じている。
割れるのかも。
そう思った時には、もう遅かった。
鹿島さんが綺麗な女性とジュエリーショップから出てきたのを見た時。私は別に、何とも思っていないし、大丈夫だと思った。
けれど、その次の日の夜、遅くなるけど君に会いたいと鹿島さんから連絡が来て、メープルの前で待ち合わせをした日。
どんな顔で会おうか、と心は重かった。
けれど鹿島さんは結局、来なくて。
正直。少しだけ、ほっとしたんだ。
『ごめんね。今日、行けなくなってしまった』
仕事が忙しかったんだろうな。
そう思い込もうとする自分と、会えなくて良かったと胸をなで下ろす自分。
数日経って、心は落ち着いたけれど、それ以来、鹿島さんからの連絡はない。
(仕事が……忙しいに決まってる)
何度も自分に言い聞かせた。
悲しみに押しつぶされそうになっても、私は。
ようやく月が代わって、何かが変わって私の運命も上手く行けばなんて思っても、おばあちゃんの入院費の支払いの期日は、相変わらずやってきて。
私は、働いて働いて、そして休憩時間なんかには、携帯にメールでも着歴でも何でもいいから何か届いていないかなって思って確認して、そしてまた働いた。
幸福な時間は、遠慮なく突然に去っていくものだと気づいたのは、最近のことだ。
時々、私はお客さんが居ないのを見計らって、こっそりと泣いた。
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