ninety five (side 小梅)

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ninety five (side 小梅)

「あんな最低なヤツ、もう忘れろ」 クソとかバカとか、真斗さんが鹿島さんをけなす。 私はそれにいちいち反論して、「そんなことないです、鹿島さんは良い人なんです」と(かば)う。 すると、今度は隼人さんが厨房の奥から週刊誌を持ち出してきて、鹿島さんが載っている記事を見せてくる。 「……女が、もう一人いるぞ」 実業家の女性が、鹿島さんと頭を寄せ合っている。その女性は、あの夜のパーティーでも鹿島さんの胸に手当てて、身体を寄せていた人だ。濃紺のドレス。背が高く、美しい。 (本当に、綺麗な人……) その女性の頬と鹿島さんの頬が、あと少しというところで触れそうになっている。 「こういう金持ってるヤツはな、女がわんさか寄ってくるんだ。愛人ってやつだ。しかもひとりだけじゃねえ。そんなヤツはダメだ。小梅に相応しくねえ」 「そうだな。小梅、別れろ」 いつもは寡黙な隼人さんが、だめ押しのように言ってくる。私はその週刊誌を無言で取り上げると、店内の棚にバサッと戻した。 頭をぐいっと押さえられる。見上げると、真斗さんが心配顔を寄越している。 「大丈夫ですよ、もう良いんです。最近は連絡も全然ないんだから。きっと私のことなんて忘れちゃってますよ」 私は笑って、そして心では涙していたのかもしれない。そして。ようやく気がついたのだ。 隼人さんが言うように、私に鹿島さんが相応しくないのではなく、社長でお金持ちの鹿島さんに、私が相応しくないのだ。 いや、気がついていたけれど、そんな簡単には認めたくなかったのかもしれない。 おばあちゃんの入院費に苦しめられている私。そんな自分をいつも哀れに思っている私。同情されたくないけど、同情して欲しいとも思ってる、愚かで浅ましい私。 そして働きながら、いつまで働き続ければ、この貧乏という名の地獄が終わるのだろうかと、ふと考えてしまう私。 鹿島さんに。 おばあちゃんの入院費を、お金を出してもらえないかと、思ってしまった私。 最低だ。人間として最低だ。 鹿島さんはきっと。 そんな醜くて汚い私を感じ取って、離れていったに違いない。 鹿島さんの周りには、綺麗で美しく真っ白な、そして鹿島さんと同等に付き合えるお金持ちの女性がたくさんいるのだから。 私なんて、最初から。 そこまで考えて。 違う、と思う。 (浮気なんて、そんな酷い人じゃない。鹿島さんは優しくて、礼儀正しくて、王子様で、紳士で、優しくて……) 私が足りなかったのだ。 私が届かなかったのだ。 私の指先が、鹿島さんに届かなかっただけ。 ただ、それだけなのだ。
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