ninety seven (side 小梅)

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ninety seven (side 小梅)

バーコードリーダーに最後の商品を通すと、お客さんが五千円札を置いた。受け取って、お釣りを渡す。 「ありがとうございます」 笑いながら高らかに言うと、「ありがとね」と言って、荷台へ移動していった。 客足が止まる。 店内にも、ほとんどお客さんは居ない。 店長は帳簿をつけているし、秋田さんは明日の仕込みをしているのだろうし、多摩さんはもう帰ってしまっている。荷台でレジ袋に商品を詰めて帰っていくお客さんの後ろ姿を見つめていると。 訳もなく。 涙が、ほろ、と溢れた。 一つ目は床に落ちて、二つ目は手のひらで受けた。涙は最初、ふるふると揺れていた。そっと、手のひらを握る。涙はぐちゃりと潰れて消えた。 そして。 その夜の明け方に、病院からの電話で、私は天涯孤独となったことを知った。 ✳︎✳︎✳︎ 「おばあちゃん、おばあちゃん、嫌だよ、こんなの嫌だ……」 相変わらず眠った顔は、どうしてこんなにいつも通りなのだろう。変わらない皺の寄った頬に、私は手のひらをひたりと添えた。 まだこんなにも、温かいのに。 「おばあちゃん、私をひとりにするなんて、嫌だよ、ひとりは嫌だよ、怖いの、すごく怖いよ」 ぶつぶつと独り言を呟く自分が、何を言っているのかすら、わからない。いつものように手を握ることしかできなかった。 その手は決して握り返してくれなかった手だったけれど、結局は力を取り戻すことなく、その命は尽きてしまった。 尽きてしまったのだ。 「もっともっともっと働けば良かったんだ。もっと働いて、余裕ができたら、余裕があったら、」 おばあちゃんのこと、重い、だなんて思わなかったのに。 涙がぼろぼろっと溢れた。 私だけ、なんでこんな目に遭うの、と思った。どうして、こんな辛い思いをしなくちゃいけないのかと、狂ってしまいたい時もあった。 自分の貧しさの原因を突き詰めて考え始めてしまうと、行き着くのはたった一つの理由。 全てをおばあちゃんのせいにしていた。おばあちゃんのせいで、私は貧乏なんだって。 罪悪感は常に側にあり、それを私はいつも笑顔でごまかしていた。 「ご、ごめんなさい、おばあちゃん、ごめん……こんな、こんなの家族だなんて言えないよね。ひどすぎるよね。ごめん、ごめんね」 出てくるのは謝罪の言葉だけ。それが自分がおばあちゃんにとって、どんな家族だったのかを突きつける結果となる。 身体の奥から嗚咽が湧き上がってきて、いつものようには笑顔で抑えられなかった。 「ごめん、ごめんなさい。私がこ、こんなんだから、悪い子だから、おばあちゃん、ごめんね、ごめん……」 繰り返される謝罪の言葉は、おばあちゃんの耳に届いているだろうか。 「こんなの家族じゃない、私、なんて最低最悪な人間なの……ううぅ」 許されないのかもしれない、こんな自分は罰せられて当然なのかもしれない。神さまは、だからおばあちゃんを連れていき、そして私をひとりにしたのかもしれない。 「……わ、私、これからどうすればいい? どうしたらいい?」 涙が急激にその量を増やしてどっと溢れてきて、ベッドのシーツに染みていく。 ふと顔を上げると。 病室の窓ぎわに、ひっそりと。花瓶に挿したピンクのガーベラ。 その横には、小さな写真立てに入れられた、花の写真が置いてあった。それは、白いカラーと薄いピンクのラナンキュラス。 「……あ、これ、?」 涙を拭う。 彼女さんの誕生日プレゼントの花束を買い忘れた、鹿島さんのために、私がモリタにある花材で作った花束に似ている。 「鹿島さんに……初めて会った時の、は、花束」 どこで見つけてきてくれたのだろうか。知らない間に、写真立てにおさまっている。その写真を持ってきてくれた鹿島さんの、柔らかい優しさが、私をじわっと包み込んでくれた。 嬉しくて嬉しくて嬉しくて、そして哀れだった。 (こんな優しい鹿島さんに……私みたいに性格の悪い、醜い子は似合わないし、釣り合わない) そして。 永遠に。 届かない。 時々、看護師さんが様子を見にきてくれているのか、背後でドアが開いたり閉まったりする音がするけれど、私はおばあちゃんの手を握ったまま、泣いて泣いて、そして泣いた。
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