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 あのとき、たしかに、ぼくは死んだ。  十七歳の夏の終わり。  逃げ場のない炎のなかで、炭みたいに焼かれて燃えつきた。  ぼくの生涯を聞けば、たいていの人は薄幸と言うに違いない。  ユーベル・ラ=デュランヴィリエ。それがぼくに与えられた名だ。この名を負ってわずか二年後に、幼児を虐待する変質者にさらわれた。あまりに幼いころなので、具体的な責め苦の数々は思いだせないが、とにかくその男が恐ろしくて、毎日が苦痛の連続だったことだけは感覚に深く刻まれている。  あっちょっと待って。  そんなの知ってるよじゃないんだよ。こんなの書きだしたのにはちゃんと理由があるんだから、最後までしっかり読んでほしい。  ぼくは今すごく困ったことになっている。殺人者の影におびえている。というよりも、もっと説明のつかないイヤな予感に……。  だから、そこにたどりつくまでのことを、誰かに知っておいてほしいんだ。  さらわれたあと、その男が殺されるかどうかして、ぼくの主人はたびたび代わった。でも、苦難の毎日であることだけは変わらなかった。  何度かは生命の危機にさらされた。  あの事故が起こったのは、そんなときだ。あれはぼくにとっても大事件だったけど、社会的にも、まれに見る惨事になってしまった。  ぼくが十五のときだ。男に殺されそうになったぼくは、潜在していた超能力を暴走させてしまった。高層ビルと地下都市が崩落し、がれきの山と化した。  西暦二千百三十三年。  現在、人類の多くは月とその周辺のスペースコロニーに暮らしている。約百年前に人類を突然変異させるおかしな病気が流行って、地球は人間の住めない星になってしまったからだ。  で、今の総人口は二十億。  そのうちの二十パーセントがエスパーだ。過酷な入植時代、月の環境に適応するため、ゲノム編集のクローンを再生し続けた結果だ。  ぼくはこのなかでも最高ランク。宇宙でたった二人だけ。一人めはぼくを助けてくれたサリー・ジャリマ先生。ぼくを救出して保護してくれた。  サリーは公式に認定されてる唯一のトリプルAランク者だ。ぼくは大事件起こしちゃったから、ナイショにされてる。ほんとのこと世間に知られると、報復されるかもしれないんで。  それで、サリーの助手としてやってきたのが、タクミ。サリーと同じサイコセラピストだ。Aランクのエンパシストで、ぼくが退院してからは、担当医として監察官になった。ぼくはタクミに指導されて、社会復帰のために超能力探偵をしてた。  ぼくが焼き殺されたのも、その事務所であつかった事件だ。少年を狙う連続殺人事件。犯人に追いつめられ、殺された。ふつうなら、そこでぼくの人生は終わるはずだった。二歳でさらわれ、十五歳まで虐待され、十七歳で殺害される。我ながら、つまらない人生だったと思う。  だけど、ぼくは生き返った。  ぼくがトリプルAだからだ。じつは事件にまきこまれる以前から、女性体に脳移植するためにクローンを再生してあった。  犯人に捕まり、炎のなかで意識をとりもどしたとき、僕は死を受け入れるかわりに、それまでの記憶をエンパシーでクローン体に複写した。  それが、今のぼくだ。  体は十三歳。もうすぐ、六月になれば十四歳になる。  ぼくがトリプルAだってことは、両親にもナイショだ。ということは、記憶の全複写なんてダブルAでもできないことを、表向きBランクのぼくがやってのけるなんてありえない。だから、が残ってることも、やっぱり、ぼくとタクミだけの秘密。  そのせいで、ぼくとタクミの関係は今、微妙なことになってる。  ぼくが死亡したことで、タクミは担当医を外された。ぼくは保護監察を続けるかどうか審議中。まだ決定はくだされてない。セラピスト協会のおえらがたが半年も議論してるらしい。  ぼくは彼らにしてみれば、人工子宮の強制睡眠を原因不明でやぶった変なクローン体だ。覚醒時がオリジナルの死亡時間に一致してる。その後の検査で、オリジナルと同じESPも持ってることが判明した。もし、また大事故を起こしたら困るってわけ。  ぼくとしては新しい体はまだ十三歳で、今すぐタクミと結婚できるわけじゃない。あと二年ばかし保護監察にしてもらったほうが助かる。  せっかくタクミ好みの可愛い女の子になったのに、これじゃ宝の持ちぐされだ。女の子になったらバンバン迫るぞと思ったのに、ぼくはタクミから引き離されて、今は両親のうちで暮らしている。  ぼくが男だったときは、ぼくを嫌ってた父と兄が、むしょうに優しいので気味が悪い。以前は特殊な男にしか効果なかった力が、今度は無条件で全人類の半分に効いてる感じ。可愛い服だっていっぱい買ってくれるし、前みたいにさらわれないよう、どこへ行くにもナイトよろしくついてきてくれる。まあ、ぼくも人間関係ゴチャゴチャするのめんどくさいから、てきとうに甘えまくってるんだけどさ。  それにしても、タクミに会えないのはつらい。ぼくはサイコメトリーで思いだしたふりして、タクミに会いたいと訴えた。エンパシーは他人の考えなどを映像的に見る力。サイコメトリーはその力が過去にまでおよぶ。ぼくはエンパシー、サイコメトリーのほか、念動力(テレキネシス)も使えるんだ。  それで、そのとき、初めて知らされた。ぼくの監察官の役目を解かれたタクミは、以前どおりのホスピタル勤務に戻ってた。ぼくの代わりに別の女の子が、タクミの患者になって。  ぼくはショックで寝込んでしまいそう。だって、その子の目が言ってる。  ——トウドウ先生は、わたしのものよ。 「何それ。ゆるせない。タクミ、なんとか言ってよ。タクミの患者は、ぼくだけだよね?」  すると、タクミは困ったような顔をして言った。 「ユーベル。君はもう僕の患者じゃないよ。そうだろ?」 「バカ。バカ。タクミのバカ!」  すねて走り去ったぼくの機嫌をとるために、タクミが家までやってきた。あっ、ホスピタルまで押しかけてたんだけど。 「ねえ、ユーベル。君は今でも僕の大切な、その……友達だよ。いつでも会えるんだから、いいじゃないか。君はもう充分、僕のサポートなしで社会生活を送れると思うんだ」  リビングのソファーで父と兄を両側につけたぼくを、タクミは所在なさげに体をちぢめて、なだめようとする。 「僕はさ。君にとって今の生活が一番、幸せだと思うんだよ。ごくふつうの家庭で、ふつうの女の子として暮らす。今の君にとって何より大切なことだ」  そうかもしれないけど、なんか、よそよそしいよ。タクミ。 「じゃあ、もう、ぼくのことはどうでもいいの? ぼくはタクミの保護対象じゃなくなったってこと?」 「うーん……」  ひとしきり、うなったあと、とうとつに、タクミは言いだした。 「それでね。いい機会だから、もっと交際の輪を広げてみたらどうかなと思うんだ。ほら、ルナ——今、僕が担当してる女の子だけど、症状が落ちついてるから、通院治療に切りかわるんだよ。で、その前にちょっとようす見ってことで、森に静養に行こうってことになったんだ。ついでと言っちゃなんだけど、以前から、僕らのコスプレでホログラフィックスのオリジナルカードを出さないかって、オファーが何件か来てるんだよね。どうせならダニーの会社から、マーティンの製作で出すことにしたんだ。それで、大勢で行ったほうが楽しいし、撮影をかねて、僕とエドとジャンと、女の子はエミリーとシェリルが来るよ。ミシェルとノーマは仕事の都合で来られないけど、休日には来るって。一ヶ月ほどコテージ借りるんだ。君も来ないかなぁと思って。ルナも同い年くらいの子がいたほうが喜ぶと思うんだ」  タクミはアニメオタクだ。  エドとかジャンとか、さっき言った人たちは、みんなタクミの前からのコスプレ仲間。ダニエルはホログラフィックスの製作会社に勤めてるカードマニアだし、マーティンは映像作家だ。  ぼくはタクミの真意をはかりかねた。けど、行かないはずがない。ライバルにばっかりチャンスを与えるもんか。それで、ぼくにはまだまだタクミが必要なんだとわかってもらわなくちゃ。  だけど、もしかしたら、それはとりかえしのつかない選択だったのかもしれない。今になって、そう思う。  ここは来てはいけない場所だった。  ぼくは今、けっこうな恐怖のなかで、これを書いてる。  どうか、お願いだから、タクミが気づいてくれますように。  でも、もし気づいてくれなかったら?  そのときは、ぼくに生きてる価値はないってことだ。  タクミがぼくのことなんて、なんとも思ってないってことだから……。  これは、ぼくの最後の賭け。  タクミが気づいてくれることを祈って、この手記をたくす。  ぼくがなぜ、こんなことになったのか。ぼくの身に何が起こってるのか。  書き記しておこう。
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