最悪の魔女スズラン、ゴリラに出会う

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最悪の魔女スズラン、ゴリラに出会う

※自主企画「ゴリラコンテスト」用に書いた作品です。 「スズちゃん! かくかくしかじか!」  魔法使いだとわかって以来、色々なことを頼まれるようになった私こと雑貨屋の看板娘しっかり者のスズランちゃんが村のおじいちゃん達に呼ばれ近所の森まで出向くと、そこには予想外の生物がおりました。 「ゴ、ゴリラ!?」  あの人間に近い構造のいかついお顔。長くてぶっとい腕。黒い体毛。ややアンニュイな表情。間違いなくゴリラです。  他の皆は首を傾げました。 「ゴリラってなんじゃ!?」 「知っとるのかスズちゃん!」 「ええと……大きいお猿さん……かな。前に図鑑で見たよ。このへんにはいないはずなんだけど……」 「ほお、博識じゃのう。本をたくさん読む子はやっぱり違うわい。えらいえらい」 「えへへ、って、そんな話をしてる場合じゃない」  どうしてここにゴリラが? あれはたしかエルフの住む西の大陸にしか生息していないはず。 「どうしたもんかの……」 「見たところおとなしいが、あんだけでかいとそれでも怖い」 「熊みたいなもんじゃからな。あんなんがうろついてたら気軽に森にゃ入れなくなるぞ」 「このへんの動物じゃないなら森の食いもんが口に合わなくて村まで来ちまうかもしれんなあ」 「クロマツ、お前さん昔、あの川の主のバケモノ蟹を倒したじゃろ。今回も気張れ」 「無茶言うな。もうそんな歳じゃないわい」  対応を協議するおじいちゃん達。言外に自分達ではどうにもできないので私になんとかしてくれと言っているようにも聞こえます。  とはいえ私も困りました。ヒメツル時代に指名手配されたせいで迂闊に村から出ることはできませんし、西の大陸まで飛んでいくのもそれなりに時間がかかります。今夜は母がハバングを作ってくれるそうなので帰りが遅くなるのは避けたいところ。 「う〜ん……」  まあ、他に手もありませんわね。しかたない、操糸魔法で拘束してから念の為に暗示もかけて眠らせて全速力で西の大陸へ飛びましょう。急げば日が変わる前に帰って来られるはず。八歳児がそんな時間まで外出するなんて言うと怒られそうですけど、そこはおじいちゃん達にフォローを任せることに。  そう、覚悟を決めた時でした。 「やっと見つけた。ここにいたのね」 「え?」  聞き覚えのある声に振り返ると、そこには碧い髪を左右に分けて垂らした五歳くらいのフリフリドレスの女の子がいました。 「アイビー社長!?」 「久しぶりね。といっても、こないだうちに来てからまだ一月程度だけれど」  大人びた表情で手を振る彼女。見た目こそ幼女ですが、こう見えて九百と六十歳以上の年齢を誇る人類最長老です。 「アイビー様、へへえ〜!!」 「ありがたやありがたや……」  平伏するおじいちゃん達。崇め奉られるのは慣れたもの。社長はふうと息を吐いて訊ねます。 「いくら拝んでもいいけど、そろそろ話を進めていいかしら?」 「こりゃすみません」  たしなめられ、素直に口を閉ざすおじいちゃん達。でもムクゲさんは引き続きお祈りをしてます。別居している奥さんと娘さんの帰りを祈願しているのかも。 「女房と娘達が帰ってきますように……」  やっぱり。 「そういうのは話し合って解決してちょうだい」  渋い顔でぼやきつつ、とりあえず社長は話を進めることに。 「で、このゴリラなんだけど」 「ウホッ」  いつの間にか植物の蔓にがんじがらめにされ捕らわれたゴリラ。悲しげな表情で俯いています。アイビー社長の植物を操る力ですね、流石の早業。 「実は、自然災害に巻き込まれてここまで飛んできてしまったのよ」 「ええっ!?」  西の大陸から中央大陸の東北部までゴリラを運んで来る災害ってなんですの? ありえます? 「聞いたことはないかしら? 最近頻発している“ゴリラネード”を」 「初耳です」 「ワシも」 「なんですかそれは?」  私達に問い返され、アイビー社長は頭上のゴリラを憐れむように見つめた。 「面倒だから理由の説明は省くけれど、西の大陸ではエルフ達が風の精霊を活性化させているの」  それも初耳ですが、本題はそこではないようなので黙って耳を傾けます。 「ただ、少しばかりやりすぎたようなのよね。度を過ぎた活性化のせいで風の精霊の暴走が多発するようになった。つまりは竜巻が頻発しているのよ」 (んん?)  魔法使いとしては微妙に納得のいかない話ですが、社長のことだから何か考えがあるのでしょう。  私の推察を裏付けるように、ほんの一瞬だけ私に目配せする社長。余計なことを言うなという意味ですね? 了解しました。 「で、その竜巻に巻き込まれた森の動物が海を渡ってこっちの大陸まで運ばれてしまっているわけ。このままだと両大陸の生態系に影響を及ぼす可能性が高いから、私が回収して西の大陸まで連れ帰っているのよ」  社長がそこで話を切ったのを確認し、説明は終わったものとみて口を開くおじいちゃん達。 「なるほどなあ」 「神子様も大変じゃのう」 「なんぞワシらにも手伝えることはありますか?」 「その厚意だけ受け取っておくわ。下手に手を出すと危ないしね。何かしら見覚えの無い生物を見つけたら、その時は今回みたいに報せてちょうだい」 「はて? 誰かアイビー様に報せたのか?」 「ワシゃ知らんぞ」 「スズちゃんじゃないか?」 「私でもないよ」  そもそも連絡を受けてから駆けつけたにしては現れるのが早すぎでしょう。訝る私達に社長は種明かしをします。 「簡単な話よ、木々に向かって話しかければいい。このあたりの木々は魔法使いの森の木の子孫だから、それだけで私にメッセージが届くわ。多分あの森から風に乗って運ばれた種子がここに落ちて芽吹いたんでしょうね」 「あ、そういえばそうか」  前にもそんな話を聞いたことがありました。なるほど、植物操作というのは思った以上に便利な力ですね。 「あの、ところで社長」 「ん?」 「なんで“ゴリラネード”と呼ぶんですか?」 「ああ、最初に問題の竜巻を目撃したエルフがアムイサラって子なんだけれど、ほらこの子達は大きくて目立つでしょ?」  と、再びゴリラを見つめる社長。 「それで遠目にはゴリラばっかり宙を舞ってるように見えたからゴリラの竜巻で“ゴリラネード”と名付けたらしいわ」 「へえー」  聞いてみればなんということもない話でした。でも何故でしょうか? 何かが私の脳裏に引っかかります。 『この会社は二十一世紀に変てこなサメ映画ばかり量産していてね。代表作は──』 「……?」  一瞬、そんな誰かの声が聞こえた気がしましたが、すぐに消えてしまいました。  空耳でしょうか?  三日後、私はアイビー社長に頼まれ、ホウキに乗って天高く上昇を続けておりました。 「魔力障壁を解除しないように。火傷じゃすまないわよ」 「わかっています」  私の展開した巨大な魔力障壁の中で並走して飛びつつ注意を促すアイビー社長。ホウキ無しで空を飛ぶあの技術、私も身に着けてみたいものです。  あ、別にあなたがいらなくなったわけじゃないですからね。私は慌てて自分のホウキを撫でました。この子との付き合いは長いので愛着もひとしお。 「さあ、ついたわ。私達から見て左の側面に入口がある。誘導するからついてきて」  そう言うと社長は結界外へ出て先行し始めました。向かう先にあるのは“太陽”です。 「これが、気象制御装置……」  初めて間近で見るそれは強い輝きと熱を放つ四角い建物でした。地上のそれとは異なり、世界の天井に張り付いています。 「界壁を近くで見るのも初めてです」  この世界を包む壁。卵の殻のようなものを想像しつつ、アイビー社長に続いて施設内へ入る私。ちなみに結界の外は超高温です。魔力障壁で熱を遮っていなければとっくに蒸発しているでしょう。  私達が二人とも中に入ったのを確認すると、再び隔壁が閉じ、出入口の小部屋の気温と気圧が調整されました。地上のそれと同じになったところで頭上から声が流れます。 『ようこそいらっしゃいましたアイビー様、スズラン様。魔力障壁を解除していただいて結構です』 「この声は?」 「彼等よ」  障壁を消しつつ質問に答える社長。答えになっているようでなっていないその回答に首を傾げつつ、開いたドアから次の部屋へ進んだ私は、またしても叫びました。 「ゴリラ!?」 「ウィンゲイトの神子スズラン様、お初にお目にかかります。仰る通り我等がこの施設の管理を任されているゴリラ族です」  部屋の中にズラリと居並ぶたくさんのゴリラ。その先頭に立つ白い毛のゴリラが笑顔で頷きました。  白い毛のリーダーゴリラに案内され、長い廊下を歩きつつ言葉を交わす私達。 「先日は同胞の保護に協力していただいたそうで、ありがとうございます」 「い、いえ……」  野生動物だと思っていたゴリラの流暢な発音に戸惑う私。森の賢者と呼ばれている動物だとは知ってましたが、まさかここまで賢かったとは。 「当然よ、彼等は貴女の祖先ウィンゲイトが太陽の管理者として創り出した種族なんだから」 「そうなんですか!?」 「はい。我等は最初からそのために創造されたと言い伝えられております」 「じゃあ地上のゴリラは……?」 「環境制御という職務への理解を深めるため、西の大陸で研修中の若者達ですな」 「けんしゅう……」  この方々、下手をしたらそんじょそこらの人間よりしっかりしているのでは? 「まあ、そんな彼等でも今回のことにはほとほと困っているのよ。アカンサスやストナタリオにもどうにもならないって言うんだから仕方ないけどね」  ストナタリオというのはアイビー社長曰く、創世の三柱がこの世界にいた頃に建造した施設や装置の維持点検を担当している神様だそうです。  その神様でもアイビー社長でもどうにもならない非常事態。私はそれを解決するためにここまで連れて来られました。 「着きました。どうか我々をお救いくださいスズラン様」 「もちろんです」  困った時はお互い様ですしね。あなたがたの仕事が滞ると地上で暮らしている皆だって大変です。  私が案内されたその部屋は床がガラス張りのように見えており、地上を一望することができました。実際には映像を映しているんだと思いますが、ともかく透明なその床の中心に台座があります。 「ああ、なるほど」  その台座を見た瞬間、使い方が理解できました。私の中に流れる主神ウィンゲイトの血のおかげでしょう。  近付いて行くと思ったより台座が高く、ホウキを召喚しようとした私の元へ慌てて踏み台が運ばれてきました。 「準備不足でした、申し訳ございません」 「こんなに小さいと思わなかったのでしょう? 気にしなくても構いませんよ」  その踏み台に乗った私が右手をツルツルした台座の表面に置くと、さっきのゴリラさん達のものとは異なる無機質な女性の声が響きます。 『創造主ウィンゲイトを認証。命令をご入力ください』 「気象制御装置“アマテラス”の全機能が正常に働いているかチェックなさい。問題点があったら報告を」 『かしこまりました』  そんな返答から数分後、早くも報告が上がりました。 『機能の一部にエラーを確認。この状態を放置すると西部地域において深刻な災害が発生する可能性が高くなります。修正を実行しますか?』 「はい」 『……回復プログラムが破損しています。バックアップデータから再インストールを行いますか?』 「はい」 『……バックアップデータも破損しています。これを修正するにはあなたの許可と遺伝子コードが必要です』 「構いません。やりなさい」 『実行いたしました。エラー修正。全機能が正常な状態に回復』  機械音声がそう報告すると、直後にゴリラさん達の大歓声が上がります。 「ありがとうございます!」 「やっと解決できた!」  そう、例の“ゴリラネード”はこの施設の気象制御装置が不具合を起こしたために発生していたものだったのです。  しかも、かつてない深刻なエラーだったせいで管理者であるはずの彼等にも直すことができず、ウィンゲイトの血を引く私が必要になったというお話でした。 「お役に立てたなら幸いですわ」  ふうと息を吐いた私は、その後アイビー社長と共にたくさんもてなされ、大勢のゴリラに見送られつつ帰路に。  お土産はたくさんのバナナと、バナナ料理のレシピ。  それにしても、いきなりあんな深刻な不具合が発生してしまうなんて設備が老朽化しているのでしょうか……今後がちょっと不安です。  それから数日後、アイビーは自社の社長室で四百年来の友人と顔を合わせていた。 「上手くいったようだね」 「ええ、これでゴリラ達もあの子を信頼したわ」 「彼等は温厚だけれど意外と疑り深いからね。人の好い新人さんを騙す形になったのは心苦しいけれど」 「そんなタマじゃないでしょ」 「ひどいな」  苦笑しつつ彼、鍛神ストナタリオの神子アカンサスは茶を飲む。  途端に眉を片方持ち上げた。 「おや、なんだこれは? こんなに爽やかな後味のお茶は初めて飲んだ」 「口に合わない?」 「いや、これはこれで美味しいよ。なんて茶葉だい?」 「カタバミよ。あの子の母親の名前。最近生まれたココノ村の特産品ね」 「ああ、これが例の、ミツマタをお茶好きにしたとかいうあれか」 「そう、そのあれよ」  戦争狂のカゴシマ王。戦うことと鍛えることしか頭に無かった男を初めて文化的な趣味に目覚めさせたのが、この一杯なのである。 「話を聞くほど興味が湧く。そろそろ僕も会ってみようかな」 「構わないけど、どうせ近いうち全員で顔を合わせることになるわよ? それに私達には先にやるべきこともあるでしょ」 「そうだね、それじゃあ行こうか」 「そうしましょ」  二人は立ち上がり窓に近寄った。アカンサスだけが両手に重い荷物を抱えている。  これから下手な芝居に付き合ってくれたゴリラ達にお礼の品を持って行くのだ。 「じゃあ、行ってくるわねナナカ」 「いってらっしゃいませ」  秘書のナナカは、いつものように窓から飛び立って行く社長を見送る。小さなため息と共に。 「……私もゴリラを見てみたかったのですが」  まあ、そのうち機会もあるだろう。
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