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みんな夢の中
「あ、あの……ちょっといいかな」
背後から掛けられた聞き覚えのある声に、心臓がトクンと跳ねた。
校庭には、放課後の解放感が見せる華やいだ日差しと、木々の濃い影。夕暮れが近づく切ない匂い。
三々五々家路につく学生たちの後ろ姿、寄せては返すそのさざめき。
風に乗って聞こえる野球部の走り回る声、ボムッとサッカーボールを蹴る音。
息を止めて口元を引き締めたわたしの前髪を、風が揺らして過ぎた。
ふうっと息を吐いて振り向いた先にいたのは、期待通りあなた。
「これ、さあ……」
あなたが歩み寄り近づけたこぎれいな小さな袋の中には、リボンの結ばれた白い小箱。
いつもは快活なのに、もじもじと恥ずかしそうなあなた。
誰に聞いたのか、知っていてくれたわたしの誕生日。
「え? なに?」
気づかぬふりをして、あなたを見る。けれど表情がぎこちなくなる。
「○○とは○○だよな」
「え……」聞き取れない。いや、言葉の欠片を耳が拒んだのだ。
「だからさ、○○とは友達だよな。これ、渡して欲しいんだけど」
なんで? なんで、あたし?
喉元まで出かかった言葉を無理やり飲み込む。
悲しいでもなく、苦しいでもなく、力が抜けた呆けたような暗転。
「あ……あぁ、別にいいけど」
意味もなく手首を返して腕時計を見て微笑む。けれど、いびつな笑顔は隠せない。
「誕生日を知らなくてさ、もう過ぎちゃったんだけど、でもさ……」
あなたの声がフェードアウトしてゆく。もう、意味を持たない言葉たち。
日差しは白、影は黒、景色はモノトーンに沈む放課後。
「頼むな」
わたしはその小箱を、夢うつつの中で受け取った。
─fin─
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