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旅の終わりに「1」
春のやわらかな風が運んできたもの。眩い夏の日差しが照らしだしたもの。
秋の風が奪い去り、凍てつく冬が、ときに浅くときに深く埋めていったもの。
夏には夏の、冬には冬の、頬を撫でる風の肌触りと、異なる色と、記憶が存在する。煌めくようなものも、凍えるようなものも……
ふと立ち止まり振り返ってみる。戻れないほど遠くまで来てしまったのか、それともどこかに近づいているのか。
わからぬままに、それでも男はふたたび前を向く。それよりほかに道はないから。
移ろう季節がこの身に刻んできたものに、曰く言い難い感情が心を揺さぶるときがある。
そんなとき、男は誰かを思い浮かべる。
忘れるからひとは生きていける。
けれど、憶えているからこそがむしゃらに前に進む。傷口が痛まぬころ、思い出になったころを見計らい、そっとそっと振り返りながら前に進む。
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