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旅の終わりに「2」
「あぁ、もうすぐだね。もうじき来ちゃうね」腕時計に目をやった女が、ふう、と息をはいて駅舎を見た。
「野暮なこと訊くようだけどさ、あんたどこに向かってるんだい?」
男は答えず、かすかな苦笑を頬に浮かべた。
「それとも、どこかへ向かってるんじゃなくて何かから逃げてるのかい?」
「行く先が分かっていれば苦労はないんだけどね」携帯灰皿に煙草を突っ込み、男はすこし眉をしかめた。
「あんたさ」
男は耳を傾けるように女の顔を見た。
「ひょっとしてだけどさ」女が言いよどんだ。
「気を悪くしないでほしいんだけどもさ……人を殺そうとしてるんじゃないのかい。なんていうか、あんたの体からはさ……殺気が漂ってるんだよ」
男はきゅっと眉根を寄せて答えない。それは否定しないも同然だった。
「ここなのかい? 目指す相手は間違いなくいるのかい? 北海道は広いよあんた」
男は煙草をひと振りしてくわえ、そのタバコをふたたび手に取り、そうらしい、と答えた。
「やめときなよ。人を殺していいことなんてひとつもないよ! 捕まったら人生終わりだよ!」女は両の手で男の二の腕を掴む。
男は煙草に火をつけて、空に煙を吐いた。
「それが、終わってないヤツがいるんだ。平気な顔して生きてる男が」
「引き留めようはないんだね」女の顔が苦しそうにゆがむ。
「もしも、もしもだけれどさ……もしもやっちまったらさ」やがて体が震え始める。
「……あたしんとこに逃げておいで。どこにも寄らずにまっしぐらにさ。何があったかは知らないけど、どうしてもやるんでしょ?」
男が長い息を吐いた。
「妻もまだ若かった。娘は三歳だった。刑期がたったの七年だった。世の中狂ってる」
「そうだったのかい、死んじまったのかい……そりゃあ悔しいね。敵討ちなら止めようもないね。あんたがやり遂げたら、そんときゃさ、ふたりしてお線香あげて報告しようじゃないか。それとさ、あんたのことはあたしが一生かくまってやる」
女は男を見た。男はふっと息を吐いて、口を引き結んで微笑んだ。
「ありがとな。そんときは必ずここへ帰ってくる。待つ人がいるってのは、悪いことじゃない。俺を待つ人たちは……十五年も前に消えちまったからな」
「これ、持っていきなよ」女が合鍵を指先で振った。
「もしもお店が閉まってたら部屋にいるからさ。ボロいけど自宅だからずっといるから」
「一宿一飯の恩義忘れないよ。あんたの松前漬け美味しかったよ」
女から渡された鍵を、男はそっと握った。
物寂しげな音をさせて、ビュウと電線が鳴り、髪を両手で抑えた女が空を見た。
「あ……ほら。あんたを引き留める遣らずの雨だよ。考え直す気はないのかい?」
「野暮な質問だったね……」
─fin─
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