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2 理想の夫が豹変するわけがない!
新婚生活は、本当に幸せだった。所詮ゲームの仮想結婚だけど、ルディアスはそれを忘れさせてくれるくらい愛してくれた。
そして、ゲーム内の可愛い装備をプレゼントしてくれた。あまりにも沢山くれるので、何だか申し訳なくなってくる。
でも、私が色んな衣装を着ると、本当に喜んでくれるのだ。
「本当によく似合ってるよ」
「そ、そうですか……? この衣装着てる時、何だかすごく嬉しそうですね」
私は『ウイングドレスアーマー』を着用して、ルディアスの前でくるっと一回転してみせた。
これは、よく姫騎士とか女騎士が着ている甲冑とドレスがセットになった衣装だ。胸当ての部分とかに翼の装飾が施されているから『ウイング』なのだそうだ。
最近実装されたばかりの新装備で、人気も高いからやっぱり値段もそれなりに高価。
しかも、課金衣装ではないのでゲーム内でしか入手できない。とてもじゃないけど、初心者の私が手を出せるような代物ではないのだ。
ちなみに、ルディアスの好みでドレス部分は青色に染色してある。
「ああ。この衣装、好きなんだ。着てる女性キャラは多いけどね。でも……これはユリアにしか着こなせないよ」
ルディアスはそう言うと、そっと私を後ろから抱き締める。
「ユリアに出会えて、本当に良かった……愛してるよ」
「わ、私もです……」
そんな会話をして、周りの目も気にせず街中でイチャイチャし、バカップルぶりを発揮する私たち。
時折、前を通るプレイヤーは気まずそうな顔をしたり、こちらを睨みながら「リア充(?)爆発しろ」とでも言いたげな顔をしたりと各々の反応をしながら横切っていった。
私は、ルディアスが喜んでくれることが嬉しかった。だから、悪いと思いつつもプレゼントを受け取ってしまう。
毎日、私を「可愛い」と言っては溺愛してくれる理想の夫だ。いつの間にか私は、そんな彼を本気で好きになっていた。
そんな生活が二週間ほど続いたある日のことだった。
問題となる事件は、ついに起こってしまう。
◇ ◇ ◇
今日は、部活があって遅くなったけど予定よりは早くログインできた。ルディアス、喜んでくれるかなぁ。
私はフレンドリストを操作し、ルディアスに話しかけようとした。そんな時、ふと見慣れた姿が視界に入る。
「あれ……? あそこにいるのってルディアスとシオンさんだよね」
聖堂の横で、何やら揉めている様子の二人。喧嘩かな?
シオンという人は、ルディアスのリアル友人で同級生だ。
二人は高校一年生だから、私より一学年下ということになる。
シオンによると、どうやらリアルのルディアスもかなりイケメンらしい。
更に、成績優秀で何でも出来て非の打ち所がないのだとか。
そんなルディアスが誰かと揉め事を起こすなんて、どんな内容だろうと不思議に思い、つい聞き耳を立てる。
「頼むよ、ルディ! テスト前は勉強させてくれ!」
「今週末は、ギルド狩りがあると前から伝えてあっただろうが」
「お前は、勉強しなくても良い点取れるからいいだろうけどさ……こっちは、毎回必死なわけよ」
「普段から勉学を怠らなければ、そんなことにはならないはずだが?」
「それは、俺とお前じゃ頭の出来が違う……って、いだだだだ!!」
ルディアスは突然、シオンの腕を取ったかと思うと関節技を繰り出した。
アームロックっていうんだっけ。例えるなら、あんな感じだ。
シオンの腕がギリギリと鳴っている。痛覚は制御されているから現実の体は無事なのだろうけど、見ているだけで痛そうだ。
別に、こんなところまでリアルに再現しなくてもいいのに、このゲームはやたらと変なところに拘る。
「うわああああ!! HPがゴリゴリと削られていくううううう!!」
シオンのHPはみるみるうちに減っている。そして、瀕死状態まで追い込まれると、ルディアスはやっと彼を解放した。
「危うく、死ぬところだったじゃねーか!」
「今回だけは、許してやる。だが、次回からは絶対に参加しろ。わかったな?」
「へいへい、わかりましたよ……。はぁー、やだやだ。これだから、廃人思考は……」
「何か言ったか……?」
「いや、何も! それじゃ、俺はこれから勉強するから落ちるわ!」
そう言うと、シオンの姿は星屑のような光とともに消えていった。相変わらず、ログアウト表現が細かい。
……って、感心してる場合じゃなかった!
明らかに、見てはいけないものを見てしまった。悲しいというよりも、衝撃の方が勝っていてその場から動けない。
今のって、本当にルディアス? 実は中身が別人とかは……ない……ですよねー。
私は、どうしても僅かな望みにかけたかった。だって、さっきの『アレ』がルディアス本人だなんて信じたくなかったから。
そんなことをぐるぐると頭の中で考えながら、木陰に隠れていた私は不意に後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、そこには笑顔のルディアスがいた。でも、明らかに目が笑っていない。
「ユリア……今の、見てたのかな?」
「な、なんのことでしょうか……私、今ここを通りかかったばかりで……」
「見てた……よね?」
そう言って、ルディアスはぐっと力を入れて私の両肩を掴んだ。
「……ごめんなさい。見ました」
観念した私は、彼から視線を逸らしながらそう答える。
その言葉を聞くと、ルディアスから完全に笑顔が消えた。
「そうか……それなら、仕方がない。もう、演じる必要はないな」
「はい……?」
「見ての通り、あれが俺の本性だ」
そう言ってルディアスはニヤッと口角を上げた。
心なしか、キャラ自体も柄が悪くなったように見える。おかしいな……ずっと同じアバターなのに。
「だ……騙してたんですかああああ!?」
「騙す? とんでもない。『ロールプレイ』と言ってもらおうか。姫プレイならぬ王子プレイだ。本性を知られた時点で、無効になるけどな」
「返して下さい! 私の理想の王子様を、返して下さいよおぉぉ!!」
私はルディアスの腕に縋り付き、泣き叫んだ。
「見なかったことにするというなら、今まで通り振る舞ってやるが……どうする?」
「そんなの、無理に決まってるでしょう!? ……わかりました、もう離婚しましょう! それで、万事解決ですよ!」
私は離婚申請をするために、急いでNPCの元へ向かおうとした。
夫婦どちらか片方がゲームにログインしなくなった場合の救済処置として、一方的に離婚できるようになっているのだ。
慌てて駆け出そうとすると、後ろからグイッと肩を掴まれた。
「待て。俺は離婚する気など毛頭ない」
「はい!? 私は嫌ですよ!? 離して下さい!」
「お前を手放す気はないと言っているんだ!」
そう叫び、私の両肩を掴みながら真剣な面持ちで見据えるルディアス。
その綺麗なエメラルド色の瞳は、私を捕らえて離さない。
もしかして、私を好きなのは本当なのかな?
かなりイメージは変わったけど、気持ちが本物なら考え直しても……。
「それって……もしかして、私のことを──」
「中の人に興味はないが、お前のアバターには大いに興味がある!!」
「……へ? アバター?」
私は、彼が何を言っているのかわからず呆然とした。
「声を大にして言わせてもらう! 俺は、二次元キャラしか愛せない! 何故なら『二次元コンプレックス』だからだ!!」
「……は?」
「三次元に興味は一切ない!!」
言い切った。言い切ったよ、この人。ここまで断言されると、いっそ清々しさすら感じる。
「……いやいやいや! 声を大にして言うことじゃないですから! 別に、威張ることでもないですし!」
彼の言う『二次元コンプレックス』とは、アニメ、漫画、ライトノベル、ゲームなどの『空想のキャラクター』にしか恋愛感情を抱くことができない症状のことである。
……正直、かなり引いた。今すぐ、ここから逃げ出したいくらいに。
でも、彼の手がしっかりと私の肩を掴んでいて身動きが取れない。
いっその事、このままログアウトしてしまおうかな……。
「そういうわけだ。だから、そのアバターの持ち主であるお前を手放すわけにはいかない」
「ちょっと、待って下さい! 他にも可愛いアバターの人が沢山いるじゃないですか! 三次元が嫌いなら、私が嫁じゃないといけない理由ありませんよね!?」
「駄目なんだ……その素晴らしいキャラメイク技術を持っているのは、お前だけなんだ。一体、何者だ? こればかりは、誰にも真似できない。初めて会ったとき、一目で恋に落ちた……そのキャラにな!!」
BROは、他のゲームよりもかなり細かいキャラメイクが出来るようになっている。
だから、同じ顔のキャラが存在することはほとんどない。多種多様なアバターを作れるのも、人気がある理由の一つなのだ。
どうやらルディアスは、私が適当に作ったキャラに惚れ込んだらしい。
そして、初対面のとき、彼が私を見て驚いていた理由がわかった。
要するに、私のアバターが好みドストライクだったんだと思う。
まさか、あの時点でロックオンされていたなんて思わなかった……。
「私、別に拘りを持ってこのキャラ作ったわけじゃないですよ!? かなり適当ですよ!?」
「適当にやって、その絶妙さ加減を生み出したというのか……ますます、気に入った! このまま、理想の嫁としてロールプレイを続けてくれ!」
「無理ですって! そんなに言うなら、私もうこのゲームやめます!」
私はルディアスを睨みながら、そう叫んでやった。すると、彼は言葉に詰まったようだった。
おぉ……? さすがに効いたかな?
「……すぐにやめたら、リュートが悲しむだろうな。リアルの先輩なんだろ? せっかく誘ってくれたのにな」
「脅しですか!? 心配ご無用! 事情を話せば、わかってくれる人ですよ!」
「リュートが言っていたぞ。『後輩がこのゲームにはまってくれて嬉しい。これからも楽しんでくれるといいなぁ』と」
「うっ……」
先輩は、とてもいい人だ。私が一年生のときから目にかけてくれた。
彼のお陰で、漫画を描く技術が身についたと言っても過言ではない。
物腰が柔らかく温厚な性格で、絵も上手い……本当に尊敬する相手なのだ。
そんな先輩の悲しむ顔を見たくないのは、事実だけど……。
「お前は、先輩の好意を無にする気か?」
「そ、それは……」
ルディアスはそう言いながら、鼻と鼻がくっつきそうなくらいに顔を近づけてきた。
普通なら、こんなに距離が近ければときめくはずだ。でも、本性を知った今は恐怖すら感じる。
それは、単に彼が威圧的な態度で、無理を押し通そうと迫ってきているのを知っているからだろう。
本当に幻滅ですよ……もう、ネトゲで出会った男なんて二度と信じない。
「それに、今までお前に一体いくら貢いだと……」
「貴方が勝手に貢いだんじゃないですか! 私は頼んでませんよ!」
とは言いつつも、確かに散々可愛い服や色々なアイテムを貰っておいて、そのまま離婚というのも気が引ける。
私はまだ初心者の部類なので、返す宛はない。服はそのまま突き返せばいいけど、消費アイテム諸々は……。
でも、一番気になるのはやっぱり先輩のことなんだよね。
「わかりました……先輩の顔を立てるためにも、もう暫くは続けますよ。離婚も……保留です」
「……本当か!? ありがとう、ユリア!」
ルディアスはそう言うと、満面の笑みで私を抱き締め唇を重ねた。
リアルと変わらないその感触に、私は思わず顔が熱くなる。
……いや、現実でしたことは一回もないんだけどね。
疑似とは言え、恋愛に疎い人でもこういう体験をできるようになったのは良い傾向……なのかな?
「あわわわ……」
「その表情……萌えるな。よくやった」
ルディアスは私の頭を撫でて褒めると、再び抱き締めた。
とりあえず、今日わかったのは……理想の夫だと思っていたルディアスは、ネトゲ廃人で二次元コンプレックスの変態だったということ。
理想の王子様なんて、初めから存在しなかったのだ。
──それと、もう一つわかったことがある。
それは……一度幻滅したはずなのに、私がまだこの人を『好き』だということだった。
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