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3 憂鬱な朝
昨日、散々泣き腫らしたおかげで、今朝の目覚めは最悪だった。
私は憂鬱な気分を引き摺りながら起き上がり、鏡の前に立つ。
あぁ……やっぱり、まだ目が腫れてる。今日も学校があるのに困ったな。
どうして、ルディアスにここまで振り回されないといけないないんだろう。
そして……あんな人だとわかったのに、何で私はまだあの人を好きなんだろう。
彼もかなり変な人だけだけど、人のこと言えないよね。私もたぶん……いや、絶対どうかしてる。
……やっぱり、本性を現す前の『紳士的で優しい彼』が忘れられない所為だよね。『理想の王子様なんて存在しない』と、頭ではわかっているはずなのに。
ネットで検索してみたところ……私のようなネトゲ初心者は特に、相手を理想化してしまうことが多いのだそうだ。
そして、自分でも気付かないうちにどんどん深みに嵌っていくらしい。
たぶん……それが、少し前までの私の状態なんだろうな。
普通の人なら、幻滅してさよならするところなんだろうけど……もしかしたら、あんな風に傍若無人に振る舞っていたのは何か事情があるんじゃないかって思ってしまう。
それくらい、彼は私の理想だったのだ。自分でも馬鹿だってわかってる。
それでも私は──まだ、もう少しだけあの人を信じてみたい。
そんなことを考えながら、華やかな容姿のユリアとは正反対の自分──咲本夏陽の姿を見つめた。
背中まで伸びた黒髪に、黒い瞳。現実に戻って改めて自分の姿を見ると「地味だなぁ」と感じる。
色白な肌に、前髪ぱっつんのストレートロングヘアだから「日本人形みたい」だと言われることもしばしば。
しかし、何故か一部のオタクには受けがいいらしく、いつだったか他のクラスのキモオタに付き纏われた経験がある。
彼が言うには、そこそこ整っているけど、美人過ぎず更に清楚系という一部の人にはたまらない要素が集結しているらしい。
そんな自覚はなかったけど、褒め言葉として受け取っていいものか……。
結局、そのキモオタには交際を申し込まれたけど、丁重にお断りして何とか納得してもらった。
でも、何故かキモオタは、私に彼氏がいると勘違いしたらしく「純情可憐な天使だと思っていた夏陽たんが、まさか非処女だったなんてー!!」と叫びながら全力疾走していった。
あれが、処女厨というやつなのかな……現実で見たのは初めてだったので、未だに彼のことはかなり印象に残っている。
とりあえず、非処女とわかったら(勘違いだけど)ユニコーンのごとくグサッと包丁で……みたいな展開にならなくて本当に良かった。
でも、ルディアスの好みには程遠いよね……いやいや、そもそも彼は三次元自体がアウトなんだった。
まずは、そこからどうにかしないとだよね。好みがどうとか以前の問題だよ。
一体、どうしたらいいんだろう? 三次元の恋敵がいないだけ、良しとするべき?
まあ、確かにあのスペックで二次コンじゃなかったら、周りの女性が放っておかないだろうし……。
そう言えば、ルディアスの本名って何て言うんだろう。現実の彼は、どんな顔なんだろう。
シオンから色々情報は聞いているけど、やっぱり会ってみないとわからない。
……会いたいなぁ。実際に話してみたい。でも、無理だよね……会ってくれるわけないよね。
「はぁ……」
私は大きく溜息をつきながら、髪を梳かし、制服に着替える。
そして、軽く朝食を済ませ、トボトボと一人学校に向かった。
◇ ◇ ◇
その日は、案の定全く勉強に身が入らなかった。
いつの間にか放課後になり、私はそのまま部室に向かった。
そして、部室に入り、力なく椅子に座ると机に突っ伏した。
「はぁ……ルディアス~……好きだよぉ……」
「ルディアスって誰ですか?」
「はっ……!」
慌てて起き上がると、栗色のロングヘアの少女がしゃがみ込みながら机に手を添え、不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。
誰もいないと思って、うっかり恥ずかしい独り言を零してしまった。
「く、胡桃ちゃん!? いつからそこに!?」
彼女の名前は伊津野胡桃。一年生の後輩で、部員の一人だ。
「最初からいましたよ。咲本先輩を驚かそうとして、隠れていたんです!」
「くっ……私としたことが、気付かないなんて……不覚!」
「ふっふっふ。やはり、私はアサシンの素質ありですね」
胡桃はどういうわけか、忍者やアサシンに異常に強い拘りを持っている。
そのせいか、よくアサシンが主役のアクションゲームの真似をして、高い所に登ったり色んな場所で走り回ったりしている。
まあ、その度に教師に怒られているんだけども。そんな言動と童顔で小柄な外見も相まって、年齢のわりには幼い印象だ。
ちなみにこの部は、形的には一応『漫画研究部』となっているが、部員のほとんどがゲーマーで実際は『ゲーム同好会』みたいな活動内容になっていたりする。
つまり、真面目に漫画制作関連の活動をしているのは私と音田先輩くらいなのだ。
「今回は、本当に気付かなかった……」
「ところで、先輩。ルディアスって……」
「な、なんでもないの! 気にしないで!」
赤面しながらそう叫ぶと、胡桃は私の胸中を察したようにニヤリと笑った。
「ははーん……さては先輩、恋煩いですね?」
「うっ……」
「でも、ルディアスって……相手は外人さんですか?」
「ち、違うけど……キャラは外人っぽいかなぁ……」
「キャラ……?」
私がそう言うと、胡桃はますます話に食いついてきた。
仕方ないがないので、私は彼女に説明することにする。
二次元コンプレックスという部分は濁しておくけどね……。
「なるほど。音田先輩から誘われていたゲームで知り合った人に片思いですか。そういう時はですね……押して押して押しまくりましょう!」
「無理だよ。絶対、会ってくれないだろうし……」
私は、そうぼやきながら再び机に突っ伏した。
「ふーむ。なかなか、難しそうな相手ですね。ところで先輩のマイキャラって、どんな感じなんですか?」
「えっと……こんな感じ」
私は携帯を取り出し、ゲーム内で撮った自分のキャラのスクリーンショットを見せた。
せっかく可愛い装備を貰ったので、記念にと思って何枚か撮っていたのだ。
「おお! 可愛い! あれ……でもこのキャラ、服装のせいもあるけど『蒼の戦乙女戦記』に出てくる女騎士アトレイアに似てますね」
「アトレイア?」
「ヒロインの姫に仕える忠実な女騎士で、主人公の相棒でもあるカッコ可愛いキャラですよ。ちなみに、人気投票で毎回一位の超人気キャラだったりします」
「胡桃ちゃん、やけに詳しいね」
「このアニメ、戦闘シーンが格好いいんですよ! それで、前々からチェックしてたんです。映画化も決まっていて近々、公開予定なんですよ!」
「そうなんだ。全然、知らなかった」
アニメのタイトルは何となく聞いたことがあるけど全くノータッチだった。
私もアニメ自体は見るけど、流行アニメをわざわざ追いかけたりするタイプではない。
だから、どんな内容なのかすらも知らなかったのだ。
「これ……これですよ。女騎士アトレイア」
そう言いながら、胡桃は自分の携帯を取り出し、私に画像を見せた。
画面には、青いドレスアーマーを着た銀髪の美少女キャラクターが表示されている。
体型に似つかわしくない大剣を、大地に突き立て佇むその姿は、凛々しいが同時に可憐さも兼ね備えていた。
自分のキャラと全く同じというわけではないけど、雰囲気はかなり似ている。
「あ、本当だ。似てる……」
そう言えばルディアスは、ウイングドレスアーマーを着ている時が一番嬉しそうだったな。
だから、それをゲーム内の普段着にしていたんだけど……。
それで、何となく察した。彼の好みというか、理想の二次元嫁はアトレイアみたいなキャラなのだと。
なるほどね。私が適当に作ったキャラに、彼女の面影を見出していたわけかぁ……。
そう考えると、改めて「本当にアバターしか見ていないんだな」という現実を突きつけられたようで辛い。
「しかし……先輩の片思いの相手がどんな人なのか、気になりますね」
「き、気にしなくていいです!」
「私は断固としてオフゲー派だったんですけど、ちょっとVRMMOに挑んでみたくなりました」
「え! 胡桃ちゃんもやるの!? そんな、わざわざルディアスを見に来るために!?」
「別に、やってみたくなった理由はそれだけじゃありませんよ? 単純に、話を聞いていたらVRMMOに興味が湧いただけです」
そう言いながら、胡桃は強気な笑みを浮かべる。
「私の熱きゲーマー魂が、VRMMOでどこまで通用するか……試してみましょう」
「ほ、本当にやる気なんだ……」
「そうと決まれば、まずは準備! ヘッドセットとか揃えなきゃですよね。さあ、忙しくなるぞー!」
こうして、何だかよくわからないけど後輩の胡桃まで参戦することになった。
唯でさえルディアスのことで悩んでいるのに、私のVRMMOライフはますますドタバタとしたものになる予感がした。
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