8 三次元のライバルなんて現れるはずがないよね

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8 三次元のライバルなんて現れるはずがないよね

 次の日、部室に行くと音田先輩が何故か神妙な面持ちで椅子に腰掛けていた。 「あれ? 先輩一人ですか?」 「ええ。今日は、前々から話題になっていた新作RPGの発売日ですからね。皆さん、帰ってプレイしてるんでしょう」 「なるほど……この部の人って、コアなゲーマーが多いですからね」  私がそう返すと、音田先輩は苦笑した。  先輩は、黒髪に眼鏡をかけた優しそうな風貌の好青年だ。  ゲーム内の彼は長髪緑髪の眼鏡をかけた青年アバターを使っていたけど、リアルの先輩もキャラと同じような顔をしている。  違いは髪の長さと色くらい。だから、ゲーム内で顔を合わせたときも違和感がなかったのだ。 「それより、どうしたんですか? 何か、考え事をしているみたいでしたけど」 「ああ、気にしないでください。ところで……ルディアスとは、上手くいってますか?」 「え……」  私は、一瞬言葉を詰まらせた。まさか、先輩から彼との仲を聞かれるとは思わなかったからだ。 「大丈夫、仲良くやってますよ。……先輩がそんなことを聞くなんて、珍しいですね」 「……実は、伊津野さんから少し話を聞いたんですよ」  胡桃ちゃんか……先輩に言うなんて酷い! 「ああ、彼女を責めないであげてください。僕が無理を言って、教えてもらったんですよ。最近、咲本さんが思い詰めた様子だったので気になって」 「そ、そうだったんですか……でも、なんで私とルディアスの仲を心配してくれてるんですか?」 「……君が、昔の僕に似ているからです」  先輩は呟くようにそう言うと、静かに椅子から立ち上がった。  そして、そのまま窓の側まで歩いて行くと、遠い目をして外を眺めた。 「それってどういう……」 「ルディアスのこと、好きなんですよね?」 「……はい」 「それなら……忠告しておきます。本気になる前に、想いを断ち切っておいたほうが身のためですよ。いや、もう既に本気かも知れませんが……今からでも遅くはありません」 「え……? どうして……」 「たぶん、彼はネットとリアルは分けるタイプだと思うんです。例えオフで会ったとしても、それはあくまでネットの友人の延長でしかない。つまり……それ以上の進展は望めないということです」  うーん……彼の場合、それ以前の問題(二次コンとか二次コンとか二次コンとか)なんだけど、先輩はそのこと知らないからなぁ。  ……でも、何となく先輩が言うこともわかる気がした。基本的に『ロールプレイ』と割り切ってる人だもんね……。 「ゲーム内の光景を思い出してみて下さい。街中で、仲の良さそうな夫婦やカップルを見かけますよね? 中には、リアル恋愛に進展した人たちもいるのでしょうけど……彼らの大半が『ゲーム内だけの関係』です。どんなに愛を囁き合っていたとしても、電源を切れば赤の他人に戻るんですよ」 「でも、ルディアスは……」  ……私のことを、ちゃんと友達だと言ってくれた。  だから、このまま頑張ればいつかは振り向かせられると……そう信じたっていいじゃないですか。  ──そう言いたかったけど、何故か言えなかった。 「『仮想結婚だと割り切っている人』を一方的に好きになって、気持ちを伝えたらどうなると思いますか?」  先輩はこちらを振り返って私に尋ねた。  いつもは優しい先輩が、珍しく怖い表情をしている。 「それは……」 「……下手したら、それまで良好だった関係が崩れてしまうこともあるんですよ。元々、ゲーム内だけの関係だったなら尚更のこと。縁が切れるのは一瞬なんです」  そう言うと、先輩は一瞬悲しげな目をして再び窓の外を眺めた。 「君をあのゲームに誘ったこと、少し後悔していたんです。今更、遅いかも知れませんが」 「そんなことないです! 先輩が誘ってくれたから私……」 「でも、現に君はルディアスのことで毎日悩んでいる。その理由は、振り向かせることが難しい相手だから……そうですよね?」 「……」  その問いかけに、私は何も返せなかった。 「僕も、君のように……ゲームで知り合った相手に叶わぬ恋をしたことがあるんです」 「先輩も……?」 「だから、君には、僕のような辛い思いをして欲しくないんですよ」  先輩はそう言って私を真っ直ぐ見据えると、悲しそうに微笑んだ。 「先輩……私、ルディアスとのことが駄目になったとしても、後悔しません」 「……そうですか。このまま彼を好きでいればいるほど、駄目になったときのダメージは大きいですよ」 「わかってます。でも、そんなのどうでもいいくらいに好きなんです!」  私がそう返すと、先輩は小さく溜息をついた。 「やれやれ……仕方ありませんね。そこまで言うなら、僕はもう止めません。そのまま自分の信じる道を進んで下さい」 「……はい」 ◇ ◇ ◇  帰宅した私は、とりあえずゲームにログインした。そして、リゲルの街の広場で露店のアイテムを見て回る。  ……それにしても、色んな人にルディアスが好きってことバレすぎだよね。頑張りますと宣言してしまった以上、頑張らないと。  でも、先輩に言われて気付いたことがある。  今まで私は、彼の二次元コンプレックスが治れば全てが解決すると思っていた。  実際、治ったところで、私を好きになってくれるとは限らないんだよね……。  そんなことを考えつつ、私はぼーっと佇みながら広場を行き交うプレイヤーたちを眺めていた。  すると突然、誰かの手でふわりと後ろから抱き締められた。 「何してるんだ?」  ……ルディアスだった。こうやっていきなり来られると、本当に困る。  そして、広場のど真ん中で、遠慮なく抱き締めるのはやめてほしい。通りすがりのプレイヤーたちが見てるし……。  と、思いつつも赤面してしまう私。昨日、リアルで会ったばかりだから余計に意識してしまう。 「あの……皆、見てるんですけど……」 「見せつけてやればいい」  彼はそう言うと、ますます腕に力を込めてぎゅっと抱き締めた。  うぅ……困る! いや、嬉しいんだけど……かなり困る!  私がそう思っていると、ルディアスは腕を解いた。  やっと解放してくれた……と安心していると、今度は私の肩を抱き自分の方へ向かせようとする。 「ユリア、こっち向いてくれ」 「……?」  一体、何をする気なのかと不思議に思っていると、彼は徐ろに私の顎を手で持ち上げ、顔を近づけてきた。 「……ちょっと!? こんなところで何する気ですか!?」 「人に見られながらキスするのも燃えるかと思ってな。試してみようかと」  私が慌ててそれを回避すると、ルディアスは残念そうな顔をしてそう言った。 「やめて下さい! ……ネットで晒されますよ!? 『広場に空気読まない直結厨がいる』って晒されますよ!?」  この『ブレイブ・レッド・オンライン』には、ネットの巨大掲示板に専用スレッドが存在する。  おかしな言動や迷惑行為を繰り返すプレイヤーは容赦なく晒されるのだ。  それを知ってからは、人前でイチャつこうとしてくるルディアスを回避する癖がついてしまった。  ちなみに、ここまでの夫婦間の会話は個人ボイスチャットでしているので一応周りに聞こえないようになってる。  でも、彼の人前での行動が問題なのだ……。 「俺は気にしないタイプだから、問題ないぞ」 「私が気にするんですよ!! 巻き込まないで下さい! そんなことになったら、せっかく築き上げてきたギルマスとしての地位が台無しになりますよ!?」 「まあ、その時はその時だろ。それに、大事な嫁と愛し合って何が悪い?」 「えぇー……」  ……なんか、最近のルディアスを見てると、ゲームそのものよりも嫁(ユリア)とイチャラブすることが目的になってきてる気がする。  ゲーム内での地位がどうなってもいいくらいに、好きなんだろうなぁ……このキャラのこと。 「あら……ルディじゃない?」  突然、背後から誰かの声がした。それに反応するように振り向くルディアス。  彼の視線の先には、神官風の服を着た女性キャラが立っていた。  プラチナブロンドの長いウェーブヘアが風に靡いている。  美少女……というよりは美女という表現のほうが正しいかも知れない。 「リノ……?」  親しげに『ルディ』と呼んだ彼女に対して、彼もまた驚いたように、彼女の名前を呼び返す。  まるで私の存在なんか忘れてしまったかのように、ただじっと見つめ合う二人。  え……何この状況? どういうこと? リノって誰?  そう思って再びリノの方を見ると、彼女は喜びと悲しみが入り混じったような表情でルディアスを見つめ、頬を高潮させていた。  その目には、薄っすら涙が滲んでいる。 「ルディ……会いたかった!!」  リノは嬉しそうにそう叫び、ルディアスの元まで駆け寄ると──そのまま、彼の胸に飛び込んだ。
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