付喪神はカレーがお好き

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 するとその凄みに耐えられなくなったのか、とうとう皿の方から声が聞こえてきました。 「よせ、よさぬか! ワシは由緒正しき磁器であるぞ! 早く降ろして机に戻せ!」 「やっぱり、思った通りだったな」  皿が付喪神であるとわかるや否や、乱雑にそれを机に置く轆轤首さん。一方の皿は、底に大きな一つ目を開眼させて怒っていました。私のカレーライスを食べたくせに、逆ギレもいいところです。  ただ、私も轆轤首さんを疑ってしまったことは反省しなければなりません。また後で、しっかり謝っておきます。 「やれやれ……飛んだ無礼者達だな。特にお前、市松人形のお前!」 「わ、私ですか?」 「そうだ! 蔵で眠っていたワシの引き取り手がどんな富豪かと期待しておったのに、蓋を開けてみれば貧乏な付喪神! それどころか国宝級の存在であるワシを、平凡な皿として使いおって!」  何を勝手なことを……。こちらの心境も知らずに堂々と意見を言い放つ彼に内心腹が立ちつつも、私はできる限り慎重な言葉選びで彼の素性を問いただしました。  聞くところによると、彼は四百年以上前の有名陶芸家さんが作った皿らしいです。なんでも、すごい有田焼(ありたやき)なんだとか。ただ、その辺りのことは詳しく知らないので、適当に聞き流しちゃいました。 「さまざまな場所に売られ、買われを繰り返したワシは、最終的に物置蔵へ放り込まれた。それから今に至るまで約百年、蔵に閉じ込められておったのだ」 「百年も……アタシなら耐えられねぇな」  蔵から引っ張り出された彼は、外界に出られた喜びでつい人がいるにもかかわらず動いてしまったみたいです。その様を不気味がった二台目の蔵の持ち主が、格安で売りに出したとのこと。暗い場所に閉じ込められていた彼に、多少なりと同情しちゃいました。  このまま有田焼の皿と呼ぶのも味気ないので、私達は彼を“ジキジイ”と呼ぶことにしました。磁器のお爺さんと言う意味でジキジイさん、案外これもしっくり来ませんが。 「ところで、ジキジイさん」 「何だ、ツクモノとやら」  一通り話が落ち着いてきたところで、私はジキジイさんにあることを問いかけました。 「私のカレーライス、どこへやったんですか?」 「カレーライス? ああ、ワシを汚しに汚したあの忌々しい泥のようなものか」  私のカレーライスを泥呼ばわりした時は思わず殴りかかりそうになりましたが、ここはグッと堪えます。 「食ってやった。ワシにもこうして喋る口があるからな」  そう言うと彼は、私の方を向いて口を見せてきました。綺麗な色彩の絵の周りに生える、無数の歯に加え、磁器なのか疑ってしまう程に柔軟な動き。どうやら皿で言うところの中央には、彼の目や口が集約されているようでした。 「食って……やった?」 「うむ。ワシが汚れてしまうのだから当然だろう。しかしあれは美味であった。轆轤首も、あれを食わぬのならワシがもらってやる」 「ふざけんじゃねぇ! 誰のせいでアタシがあらぬ疑いをかけられたと思ってんだ!」  ジキジイさんの言葉にカチンと来た轆轤首さんは、勢いよく机を叩いて彼を怒鳴りつけました。それでもジキジイさんは、澄まし顔を貫いています。 「まぁまぁ、轆轤首さん落ち着いて」 「落ち着いてられるか!」  怒れる轆轤首さんを宥めつつ、私もジキジイさんを叱責しました。 「とは言え、ジキジイさんも私達を混乱させたことは謝ってください。あなたが付喪神であることを初めから言ってくれてれば、こんなことにもならなかったんですから」 「何を……。付喪神としてはヒヨッコのお前が、ワシに意見を……」 「人間社会においては、あなたよりも先輩です。第一、私があなたを購入しなければこうして、美味しいカレーライスも食べられなかったんですよ?」 「ぐぬぬ……」  歯を食いしばったような唸り声を上げるジキジイさん。絶対に謝らないぞと言う意思がひしひしと伝わっていますね。このまま睨み合っていても埒が明かないので、ここは彼の拗ねた表情が見られただけでも良しとしましょう。  私は不機嫌顔の轆轤首さんに目配せをし、なおもいじけるジキジイさんにこう言いました。 「ふふふ、まぁいいです。ところでジキジイさん、これから行くアテがないんでしたら、しばらくここで私達と暮らしませんか?」 「何だと?」 「轆轤首さんは見ての通りバリバリのキャリアウーマンです。なので私、平日のお昼はかなり心細かったんですよ。だから時間を気にせず話せる相手がいてくれると、助かります」 「ふーむ。そう言うことか」  年配の方には、できるだけ謙って話をする。過去に轆轤首さんから教わった話術の一つです。すると自分を頼られて嬉しかったのか、ジキジイさんは声のトーンを上げて言いました。 「お前には借りがある故に仕方ない。よかろう、しばらくここで厄介になってやる」 「何でそう上から目線なんだよ、お前は」 「まぁまぁ。ともあれジキジイさん、これからよろしくお願いしますね」 「うむ、よろしくな」  こうしてジキジイさんは、私達の家で一緒に暮らすこととなりました。もう明日から、寂しさで縮こまるようなことはなさそうですね。それに、ジキジイさんの蔵で百年も耐え抜いた秘訣とか気になりますし、これを機会に聞いてみるのもありです。  あなたも、暇な時にオンラインモールを覗いてみてはいかがでしょうか。非対面での購入ですので実物が見れない不安こそあるものの、身の周りでは手に入りにくいものが手に入るかもしれません。  ただ、妖怪はさまざまなところに潜んでいます。もし今回のように買った商品が付喪神だった時は、どうか手放さず大切にしてあげて下さい。きっと、あなたに幸運を運んでくれる……はずですから。
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