1人が本棚に入れています
本棚に追加
『今宵もあなたに子守唄を、付喪神のツクモノです。今日の読み聞かせ絵本はーー』
タブレットの画面に映る、宝石のようなクルリとした瞳を持つ少女。金の刺繍が入った赤い着物を着て、大きなリボンをつけたオカッパ頭の彼女は、狭い電子空間で滑らかに動きます。
彼女は本が大好きな市松人形と言う設定で、絵本の読み聞かせを配信する動画投稿者です。冒頭のみバーチャルアバターを使った挨拶をし、以降はオリジナル絵本の朗読をします。小学生以下の年齢層をターゲットとし、今着実に再生数を伸ばしている超新星です。
「チャンネル登録者数約十万人、平均再生数は六万。ようやく様になってきたって感じだな」
台所から聞こえてきた声の主は、同居人である轆轤首さん。日に焼けた黒い肌と金髪に加え、荒い言葉遣いをする彼女ですが、ゴミステーションで捨てられていた私を拾ってくれた恩人です。ちなみに彼女は妖怪で、やたらと首が伸びます。
「しっかし、同じ画面を観ているヤツらも、ツクモノが本物の付喪神だなんて思いもしねぇだろうな」
「ええ。動画内で妖怪だと明かしても、設定と言う先入観で信じる人は、まずいないでしょうからね」
かく言う私も、市松人形に宿った付喪神、名をツクモノと言います。実は画面に映っているこのアバター、私が命を吹き込んでいるんですよ。もっとも、容姿がいいのは断然アバターの方なんですけどね。
付喪神とは、簡単に説明すると長い年月を過ごして魂が宿った妖怪です。轆轤首や付喪神と言ったように、妖怪には色々なタイプの方がいます。
動画を止めた私は、短い腕を伸ばしてせっせとタブレットを片付け始めました。もうすぐ、待ちに待った夕食が始まります。
「ツクモノ、机の上拭いといてくれー」
「わかりました!」
座っていた椅子を使って机の上によじ登ると、私は真ん中に用意されていたウェットティッシュで、床の雑巾掛けをするように机拭きを開始しました。高さは然程ない小さな丸机ですが、私の身長ではどうしても真ん中まで手が届きません。だからお行儀こそ悪いですけど、机の上によじ登る必要があるんです。
机を拭きながらも、私の視線は轆轤首さんのいる台所の方へ向きっぱなしでした。何せ今日の夕食は、オンラインモールで購入したスペシャルなレトルトカレー。それも販売開始直後にはすぐに売り切れてしまう、あの人気商品なんですもの。
インターネットの普及は、私達妖怪の生活水準を飛躍的に高めました。中でもオンラインショッピングは、人前に姿を出しづらい異形の妖怪にとってまさに革命です。
首を伸ばさなければ人間に擬態できる轆轤首さんと違い、市松人形の私は堂々とスーパーマーケットなんて行けません。せいぜい大騒ぎされるのがオチですし。けれどオンラインショッピングであれば、郵便受けへの投函を指定するだけで簡単にお買い物が楽しめちゃいます。ついつい買い過ぎちゃうこともあるんですけどね。
それに、科学が発展して怪異が力を失いつつある現代において、人間とかかわりが持てる妖怪は少なくなっています。そんな中で声だけと言えど、繋がりが持てる動画投稿を始められた私は、ある種幸運でした。
故にインターネットは、総じて私にとって切り離せない存在となっていました。
「そらそら、スペシャルカレーが茹で上がったぞ!」
「おおっ、待ってました!」
台所で温めていたそれを持って、轆轤首さんは急ぎ足でリビングにやってきました。皿に盛られたそれは白い蒸気を放ちつつ、スパイスの効いたパンチある匂いで嗅覚を刺激します。
「これが有名通販『日本カレーの聖地オンライン』でも大人気のスペシャルカレーですね!」
「おうよ! お前が一日中家にいたから手に入れられたんだ。感謝するぜ」
轆轤首さんは昼間、人間と同じように仕事をしています。なんでも、人間の生活に興味があり、ここ三百年くらいそうされてるんだとか。なので昼間、私は一人このマンションの一室で過ごしています。正直心細い気持ちはありますが、その甲斐あって今回スペシャルカレーを買うことができました。
ちなみに妖怪は空腹を感じないので、食事はあくまでも嗜好目的です。何せ妖怪は死にませんからね。けれど最近の轆轤首さん、よく私のご飯をつまみ食いするんですよ。もう、食い意地を張り過ぎです。
「じゃあ早速、いただきますか」
最初のコメントを投稿しよう!