付喪神はカレーがお好き

3/4
前へ
/4ページ
次へ
 これは困ったことになりました。購入したレトルトカレーは二袋、つまり私達の食べる分しかありません。楽しい夕食になるはずが一転、空気がピリピリ、関係がギクシャクしてしまいました。  確かに妖怪の食事は不必要ですが、それでも嗜好品(しこうひん)として今回のカレーライスは一級品です。それを味わう回数が減ってしまったと考えると、悲しくて涙が我慢できなくなりました。 「ううっ……私のカレーライス……」  涙で視界が歪んでも、皿に盛られたカレーライスが増えることはありません。ですが次の瞬間、大きな溜息をつくや轆轤首さんは私の皿を奪い取り、そこへ自分のカレーライスを入れ始めたではありませんか。 「ろ、轆轤首さん何を!?」 「お前が悲しんでる姿見てると()(たま)れんからな。アタシはもう一本缶ビール開けるし、半分ぐらいくれてやるよ」  いつも轆轤首さんには、気を遣わせてばかりです。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、そして己の意地を張って、私は差し出された皿を突き返そうと両手を広げました。ですがその時、 「シメタ」  まるでお爺さんのような掠れた声が、私達を静寂へと誘いました。無論リビングにいるのは私と轆轤首さんの二人だけ、そんな声が聞こえてくるはずがありません。しかし空耳かと問われるとそう言うわけでもなく、轆轤首さんの表情を見るに不可解なことが起きているのは確実でした。 「今の、聞こえたか?」 「え、ええ。まるで近所に住んでる独り身のお爺さんみたいな声、でしたよね?」  無言で頷く轆轤首さん。すると彼女は視線を私の皿の方へ移し、じっくりと舐めるように眺め始めました。 「なぁツクモノ。アタシがつまみ食いしてると疑い始めたのは、いつぐらいからだ?」 「ええっと、つい一ヶ月ぐらい前からです」 「じゃあこの皿は、いつどうやって手に入れたんだっけ?」 「オンラインのフリーマーケットで一ヶ月前に購入しました」  あの時の取引メッセージは、今でもよく憶えています。  写真を見てその気品溢れる造形に胸を打たれた私は、すぐさま出品者さんに購入を考えている節を伝えました。すると出品者さん、どこかよそよそしい文面でこんなことを言ったんです。 『早く手放したいので、購入を迷っておられるのでしたら値下げしますよ』  こうして私は、かなり手頃な金額でこの皿を手に入れました。以前にもこのことは轆轤首さんに話していたので、彼女はそれを思い出したのか眉間に皺を寄せて唸っていました。 「うーん。そういや皿の出品者は、早く手放したいとか言ってたんだっけな」 「ええ。でもそれがどうしたんですか?」 「いやぁな……」  そしてとうとう、吹っ切れたように轆轤首さんが言いました。 「もし、この皿が“成ってた”としたら、全てのことに辻褄が合わねぇか?」 「ギクッ」  彼女がそう発言した途端に、またどこからともなくお爺さんの声が聞こえてきました。これはもしや、もしかするのかもしれません。 「確かに……それなら辻褄が合います」 「だろ? よし、なら早速試してみよう」  轆轤首さんは一旦カレーライスを全て自分の皿に避難させると、曰く付きの皿を天井高くまで掲げました。 「叩き割った時に叫び声が聞こえたら、コイツは付喪神だってことだ」  その目は真剣そのもの。自身にあらぬ疑いをかけられて、轆轤首さんも相当怒っていたみたいですね。割ってやるぞと言う意思が、これでもかと伝わってきます。 「さぁ、行くぜ!」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加