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四
「こんにちは! さっき電話した深沢です!」
「はい、深沢様ですね。……えーっと……」
「学生2枚! の、深沢です!」
相変わらず彼は元気に、そうスタッフさんに伝えた。
スタッフさんの向こうには、ざっと30人くらい乗れそうな船が見える。
「えっと……もしかして……」
なんだかそわそわしてきたわたしなんてお構いなしに、彼は恥ずかしそうに笑った。
「写真好きとしてはずっと気になってたんだけど、さすがに、ひとりじゃ乗れなくて……。
それに、たぶん広瀬さんも気に入ると思ってさ!
彼女ができたら絶対来ようと思ってたんだ!」
そんなことを言いながら、彼はスタッフさんに案内されて、いそいそとその船に乗り込んでいく。
時間はちょうど、夕闇の青色が、帳を下ろしかけた頃だった。
「まずは右手にベイブリッジ。
左側にはみなとみらいの夜景がありますが、今は少しの間だけお別れでーす!」
テンション高くそう言う彼に、わたしは必死に話しかける。
「……ねぇ深沢くん、夜景クルーズなんて、それ、お高いんじゃないっ!?」
「え、なぁに、風で聞こえなーい!」
う、嘘つけ! 絶対とぼけてるでしょ!
いよいよ彼の財布が心配になってきた。「第一スマホ買ったばっかりで貯金なくなっちゃったでしょ」、なんて伝えると、「いいからいいから、実際そこまでじゃないし」なんて適当にあしらわれて煙に巻かれる。
「次のデートはわたしが色々出そう」、そんな風に考えて、次のデートのことなんて考えている自分にちょっと戸惑ってしまった。
「そっちじゃ船内アナウンス、よく聞こえないよね。
あの船、持ち主のいない捨てられ船なんだって。そんなことあるんだね!」
風でガイドの声がよく聞こえないわたしのために、ガイドさんの言ったことを繰り返して伝えてくれる深沢くん。
ずうっと続く彼のガイドと、広がる美しい工場夜景を見ていると、なんだかだんだん、彼の優しさが心に沁みてきた。
深沢くんは、いい子だな。
なんでわたしになんて、告白してくれたんだろう。
「彼氏がほしかったから」。そんなくだらない理由で深沢くんのことを受け入れた自分が、途端に恥ずかしくなる。
深沢くんみたいな優しい男の子なら、きっと、わたしなんかよりもずっとかわいくて、性格もいい、素敵な彼女ができるはずなのに……。
そう思うと、ちくりと胸が痛んだ。
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