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「せっかく家に来てもらったのに、コーヒーだけとかごめんね?拍子抜けしたんじゃ……」
「いえ、大和田さんの嫌なことはしたくないですし」
「っ……」
「嫌なら言ってくださいね」
気づかないうちに傷つけると困ります、そう素直な言葉を恥ずかしげもなく伝えてくる相手に戸惑う。なんせ向こうは真顔のままなのだ。その綺麗な顔が、ほぼ無表情でそんなことを言うのだから。
(ひー……王子オーラすごい……)
この子、素の方が王子なのでは……、と少し頭が痛くなった。ちゃんと向き合おうと決めたは良いが、この完璧なまでの優しさに、自分が釣り合っているのかが不安にもなる。
(はー、本当にキラキラしてるなあ……)
しかし、あまりにあまりで自分が情けなくもある。ちょっとは年上らしいこともせねばと思うが、まあ、無理をしても仕方がない。少しは余裕のあるところを見せたい気持ちはあれど、無茶できないのも現実だ。
「末次くんの方こそ、その、してほしいこととかないの?」
「え?」
「いや、いきなり関係すすめるのは無理だけど!」
それを断っておいて、してほしいことを聞くのもなんなのだが。大和田の言葉に末次は少しだけ考えて、そして、あの、と指先をそわりとさせた。
「名前、呼んでほしいです」
「名前?」
末次の言っている意味に気づいて、大和田はかあっと耳まで赤くした。以前の高田との話のアレだろう。あれ、こだわるの!?と恥ずかしくなってしまう。
(あーーー!あれかぁ……!)
「友喜みたいに、もうちょっと親しく……」
「いや、友喜くんの件は、彼の方から距離感詰めるのが上手いだけだからね!?僕、そんな下の名前をホイホイ呼ぶほうじゃ……」
「……でも、友喜は呼んでもらってるわけですし」
じっと見つめた末次は、少しだけ悲しそうに視線を落として。俺も呼ばれたいなって思ってます、とボソボソ希望を告げた。
(う、うぅ……)
聞いてしまったのはこっちだとわかっているので、大和田は観念して言うことにする。聞いてから呼ぶのがこれまた恥ずかしい。本当に何歳なんだよ、僕は!と自分にツッコミながらも、彼の名を呼んだ。
「な、渚くん……?」
ひー、はずかし……とそちらも見れずに告げると、握っていた手をぎゅっと握り返される。
「はい……!」
ほわっとした小さな花が周りにでも飛んでそうな、その空気の変化に大和田は驚いた。ふっと緩んだ表情と声で、満面の笑みではないが嬉しさが伝わってくる。
(わ、可愛い……)
その可愛さにあてられて、はっと気づいて顔をそらす。
(いや、まじでやばいな、可愛いな!?だ、大丈夫か、僕は……こんな子が側にいて……)
いや、ダメかもしれん……。普通に心の中で自分に突っ込んでいると、あの、と末次の体が少し近づいた。
「なに!?」
「……やっぱりいいです」
数秒じっと見つめた後に、末次がそう言ったので、今更ながらハッと気づく。
(あ……キスしたいとか、そういう?)
「ん」
そのぐらいできるし!と良く分からない意地もあって、大和田は目を閉じた。本当に我ながら何に対抗しているのか分からないのだが、その距離に心臓が壊れそうなほど緊張しているのだけはよく自覚できた。
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