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あれ、触れないな、と思って目を開けると、目の前で固まっている末次がいる。恥ずかし、と一気に頰が赤くなって、「あ、違った……?」と素で訊いてしまったが、末次はブンブン首を振った。
「いえ、いいですか?」
「あ、はい」
いや、なんだよ、これ、と突っ込む間も無く、次はちゃんと唇が触れる。自分の疲れた唇がかさついているのが恥ずかしい。柔らかい感触がフニフニと優しく触れていく。
(あー、すごく遠慮をさせている……うぅ……)
優しく触れるだけのキスをなんども繰り返される。その感触に明らかな遠慮を感じて大和田は凹んだ。
(友喜くんは初恋とか言ってからかってたけど、経験がないわけじゃないんだよね?前は普通にことを進めようとしてきてたし……慣れてる感じもあったし……)
音を立てて啄ばむようなキスが繰り返されて、つないでいる手も深くなっていく。もう片方の手が腰に回されたのに少し驚いたが、向き合って近くなるキスに抵抗はない。けれど、流石に舌が入ってきた瞬間にびくりと体を強張らせてしまった。
「!っ、ごめんなさい」
「あ」
(しまった。つい……)
大和田の反応に末次は体を引いて謝る。表情はあまり変わらないが、声が気落ちしていた。
「すみません、あの……」
「いや、こっちこそごめん。ちょ、ちょっとびっくりしただけだから」
しばらく沈黙が流れた。大和田はやってしまったと心の底から後悔する。
(やってしまったー!引くよねーこの歳のおじさんが、こんなことでびくびくして……)
はあと小さなため息をついたのがさらに良くなかったのか、末次が少し焦ったようにコーヒーマグを持って立ち上がる。
「そろそろ失礼しますね」
「あ、うん。そうだよね。遅くなっちゃうし。そのまま置いておいて」
「いえ、洗って帰ります」
「いいよ。他の洗い物もあるから」
そう言って末次を玄関まで送っていくと、靴を履いた彼は大和田の方に向き合って、あの、と何かを言いたげに視線を落とした。
「ん?」
「また、ここに来てもいいですか……?」
急に問われたことにきょとんとしてしまう。何の確認?と思って慌てて答えた。
「え?うん!いいよ?」
「あの、来る時は連絡しても……」
「??え、あ、勿論平気だから。適当にいつでもLINEして。一応?恋人なんだし」
大和田が何気なく言った言葉に、ぱあっと末次の顔が明るくなる。少しだけ目元を赤く染めて、はい、と頷く彼の変化に戸惑った。
(わ。うわーうわー!)
動揺が出てしまいそうなのを抑えて、じゃあね、と手を振ると、相手も嬉しそうに会釈する。
「お、おやすみ……気をつけて帰ってね?」
「はい、おやすみなさい。あの……」
「ん?」
「また来ます」
最後に一瞬、キュッと大和田の着ていたジャケットを握ってから扉を出て行った末次。ぱたんと扉がしまった瞬間に、大和田はその場に座り込んだ。
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