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大男は樫の棒をこちらに投げてよこした。
あのガタイと組みあうのは勘弁だが、剣術か。
「最初に手を出してきたのはそっちだし、なんか釈然としないけど、まぁ……それで気が済むのなら」
背嚢を道の端に置き、とりあえず見といて、とコガネに託す。樫の棒を拾い、重さと振り心地を確かめる。
ふむ、調整はしてある。なんか鍛練用に使い込まれた奴だ。こんなの振り回すのは久しぶりだな。
「ほい。いつでもいいぞ」
片腕で樫の木をくるくる回してから、棒の先っぽを大男の方に向けた。大男の顔が真っ赤に染まった。
「こいつ! 舐め腐ったマネをっ!」
ギリでよけた頭の上を大男の樫の棒が音を立てて横切る。
一発くらったら死ぬタイプじゃん。体格差からして組み合うのはパスだな。さっさと終わらせるためには一気に詰めて懐に入るしかない。
大振りにみえてもさすがに訓練した動きだけあって、要所要所を詰めてくる。向こうに優位と思わせるためにギリギリでよけ続けて機会を狙うことにした。周囲を囲んだ取り巻きどもが、ヤジを飛ばしたり歓声を上げたり喧しいこと。ちょっとした見世物状態だ。
やがて、思惑通り、当たりそうなのに当たらないの繰り返しに焦りだし、だんだんと大男の動きの精度が落ちてくる。棒を振るう動きも、文字通りの大振りになってきた。そうなればこっちのもの。あとは隙を狙うだけ。
セオリー的にはやっちゃいけない下からの薙ぎ払いで脇が空いたところで、すかさず懐に滑り込み、棒の先で大男の顎先を小突いてやった。
「あ、ヤバ……」
ギリでよけ続けたために、棒の先が何度か頭巾をかすめて〆が甘くなっていた。大男と至近距離で詰めた状態で頭巾の紐がほどけ、まともに顔を合わせる格好になってしまった。
「……やだ……イケメン」
言った。確かに言われた。一気に全身が泡立ち、慌てて飛び退る。得体の知れないものに触れてしまった感。冷汗がどっと流れる。
「久しぶりに良い勝負をした。これは完全にこちらの負けである。潔く認めよう」
大男が重々しく言ったとき、背後で悲鳴が上がった。振り返ると、見覚えのある男……数日前、下履きを消されて尻丸出しで逃げていった奴が、背嚢に腕を齧り付かれて涙目になっているところだった。
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