冷たい人【恋愛のほう短編】

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◇◇◇  梨穂子(りほこ)が好きだ。多分俺と梨穂子との関係はただの幼馴染で、いつからかはわからないけど、ずっと好きだった。  家は実はそんなに近くない。多分物心付く頃からお互いの家の中間地点にある公園で会っていた。  俺と梨穂子は表面上はそんなに仲がいいわけじゃなかった。梨穂子はいつも同じ幼稚園の子と遊んでいたし。俺はその頃、一緒に遊ぶ友達もいなくて、だいたいが1人でブランコに座っていた。  公園には1本の大きな楓の木があった。公園の端にあるブランコからだけ、その木の裏で泣いていた女の子が見えたんだ。なんだかその子は一人に見えたんだ。俺と同じように。だから俺は梨穂子に声をかけた。 「大丈夫?」 「えっ? どうして?」 「どうして?」 「なんで見てるのよ!」  俺はいきなり睨まれ、怒りをぶつけられた。なんだコイツ、と思った。  けれども梨穂子は見られてるとは思っていなかったんだろう。その一瞬驚いたような顔は妙に印象に残って、涙を拭って僕を睨みつける表情に、俺とは違うんだと感じた。 「話しかけちゃ駄目だった?」 「……まぁいいわ。ここは私だけの場所じゃないもの。でもこれは秘密ね、絶対」  その難しい顔で言い放たれた『秘密』という言葉は、それからずっと俺の心の底に仕舞われた。  小さい頃の梨穂子はとても偉そうで、でもすぐ他の男子と口喧嘩になっていた。けれども最終的にはその言い争い以外の部分で凹まされていた。例えば拳を振り上げられれば、それでお仕舞だ。  それは気の強い梨穂子には我慢ができないことだったんだろう。こっそり公園の端っこにいる俺のところにやってきて、俺の隣でブランコに後ろ向きに座る。そしてちょっとだけ泣いてひとしきり文句を言って、全部わすれてニコッと笑って、それでまた友達のところにかけて戻っていった。それはまるで夏の夕立のように突然激しく訪れて、カラリと上がってもう雨の欠片も見いだせない、そんな様子だった。そうしてやっぱり、それは俺にとって『秘密』の内側にそっと仕舞われた。  梨穂子は怒ったり泣いたりする姿を他の友達には見せなかった。だから他の子には生意気な女子と思われていた。それを知っているのは、少し離れて見ていた俺だけだったと思う。  けれどもやはり俺と梨穂子の間にあるのはそれだけなのだ。  そもそも梨穂子は困っていることを自分自身で解決していた。ほんの僅かのどうしようもない時だけ俺の隣で色々と文句を言う。きっとあの楓の木にしていたのと同じように。  俺もただ、楓の木と同じように梨穂子の話を隣で聞いているだけで、だから俺がなにかの解決に役に立っているわけじゃ全然なかった。でも怒ったり泣いたりする梨穂子を知っているのは俺だけで、そう思うと梨穂子は何か特別な存在だった。  けれども梨穂子のほうはそう思っていたわけではないと思う。俺は他に喋るような友達もいなかったし、だから『秘密』を丸めて捨てるには丁度よかったんだろう。  俺の中にはそんな梨穂子の『秘密』が少しづつ堆積して、いつのまにか心がそれに占められていた。
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